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大腸癌末期を完治させる

ある日突然62歳の父が直腸癌末期と診断されました。娘として父を絶対に救います。

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はじめまして。

このブログをご覧になっている方は、ご自身、またはお身内が結腸や直腸などに癌を患っておられる方が大半だと思います。
私もその一人で、父が2011年1月、62歳で直腸癌末期と診断されました。
手術すら不可能な状態からのスタートです。
本人も家族も、辛いですよね。
あと何回桜が見れるのかとか、誕生日は越せるのかとか、年は越せるかとか、そんな言葉を何度も言いつつ(今の所)元気に64歳です。

癌系のブログというのは記事の更新がないと「死んだ・・・」と思いますよね。
本人がブログを書いていて、最終記事が数年前のものでで止まってたりする。
「亡くなりました」とご家族の方が代わりに更新しているのも見ます。
そういうブログを見る度に、本当に怖く・辛くなります。

私のブログは娘が書いていますので、私が死なない限りは更新します。
もし暫く更新がされていない場合は、単に私が忙しいか、父が元気だからです。
もし父の身に何かあったら、その時は必ず記載しますので、安心してこのブログをご覧になって下さい。


私は父が癌と診断された時、直後はパニックになりインターネットを見るのも嫌でした。
末期、抗ガン剤治療、延命、死・・・そんな言葉が並ぶのが目に見えて・・・。
ただただ夫に抱きつき泣いて、布団に潜って泣いていました。
父の検査が進むにつれて、病状も詳細まで分かり、震える日々でした。
そんな私を見た父が「大丈夫だって〜そんなすぐ死なないって〜」と励ましてくれるんです。
いやはや、患者に励まされるという、困った娘です。

しかしある時、弟に言われたんです。
「死んじゃったらどうしよう」と日々を過ごすより
「死なないために今何が出来るのか」を探した方が有意義だ
、と。
私はたったそれだけの事も気づけませんでした。

その言葉に勇気づけられ、はっと我に返りました。
癌を患い、これから様々な覚悟をしていく父。
その父の側にいて、辛い顔見せずに相棒として支える母。
父と母を支え、毅然とする弟。
私に出来る事は(少し医療の仕事をかじった事もあり病気に対して半端な知識もあるので)知識を生かし、頭脳として知恵を得て、家族全員に勇気を与える事だと思いました。
そこからはもう徹底的に調べ始めました。今もそれは続いています。

調べれば調べる程、何が本当で何が嘘なのか、見分けがつかなくなる程の膨大な情報。
考えれば考える程、理解すればするほど、何が良くて悪いのか分からなくなります。
癌という物質の謎、人体についても多く考えさせられます。
でも一番大事なのは、その沢山の情報の中から自分の納得する結果を得て、役立て、時に心構えし、実践する事だと思います。

私の記す内容には、異論のある方も沢山おられると思います。
それはそれで良いのです。
私たち家族は、私たち家族のやり方で。
このブログをご覧になっている方は、あなた様ご自身のやり方で。

私が得た知識によって、少しでも皆さんのお役に立ち、そして癌を患っておられる方が1分1秒でも長生き出来たらと思い、このブログを開設しました。

また、このブログ内で紹介する病院・薬品名・商品名などは、サクラやセールス目的ではない事を予め記載させて頂きます。
また、私(管理人/わんわん)へコメントを送りたい場合(記事の感想、管理人わんわんへのメッセージ)は、記事のタイトルをクリックするとコメント欄が出ますので、そこから送信して下さい。可能な限りお返事致します。
訪問者の方同士の会話や情報交換、情報提供につきましては、カレンダー下にある「掲示板」へ投稿して下さい。


父を救いたい。
いや、救うのです。絶対に。

拍手[510回]

診断前の症状

まずは家族構成。
我が家は父・母・弟が同居しており、私は実家から車で4時間の所に主人と住んでいます。

私たち家族はとても仲が良く、よく家族で飲みにも行きます。飲みに行けばお店の人から「信じられない!家族で飲みに来る人なんて!」と頻繁に言われます。偶然隣の席に居合わせる人からも「ご家族なんですか?凄い!羨ましい!」と声をかけられます。
本当に仲の良い家族です。(勿論衝突も多いですが・・・)
家族で集まって、みんなでわいわいやる事が多いです。
私は遠方に住んでいるので電話連絡が多いですが、2ヶ月に1回は実家に帰って家族の様子を見に行っています。


2009年
父の背中一面に、ニキビのようなブツブツが出ていると母から連絡を貰いました。
私は昔、医療関係の仕事を少しした事があるので、病気に対して半端な知識があります。
そのため何か健康に異常があると、私に電話が来るんですね。
気になって症状を調べると、肝臓癌とか、癌関係なのではないかと推測しました。
今すぐ病院(内科)に行くように伝えました。

しかし父は皮膚科を受診。
細菌感染との事で、ステロイドを処方されました。そりゃそうなるわ。
しかし、今振り返ると私の予測は的中しており大腸癌の症状だったのです。
(これについては、医師のあり方について見直して欲しい部分です。医師免許を取得している以上、専門科だけが診察分野ではない事を、多くの医師に認識して頂きたいです。そのための医師国家試験なのですから。)

同年、父は会社の健康診断で大腸検査にひっかかり、再検査の要請がありました。
父は看護師さんに「大腸癌なのか?」と尋ねると、「痔でもひっかかるし、殆どの人はなんともないので大丈夫だとは思いますよ」と答えたそうです。
それを鵜呑みにした父は、何かあったらどうしようと思う恐怖もあったのでしょう、再検査をしませんでした。
私は既に癌を疑っていましたし、更に大腸癌の再検査要請があった事を知り、ますます癌への疑いを持つようになりました。
「何ともなければそれでいいじゃない!健康である証明をするために、とりあえず検査だけはしてきてよ」と何度も言いましたが、父は病院に行きませんでした。

2010年
再度、大腸癌検診にひっかかります。その時は血便が酷くなっていたようです。
母が万年痔で、「痔じゃないの」と母も軽々しく考えているようでした。
流石に強く言うようになりました。「最悪、癌である可能性もあるのだから早期に受診した方がいい!」と、何度も再検査を受けるようお願いしましたが、父も母も「そんな(癌だなんて)縁起でもないこと言うもんじゃない!親を殺す気か!」と二人とも怒ってしまい、結局検査を受けてはくれませんでした。
生きていて欲しいから行って欲しいのに。


同年末、父は便が出ないと苦しむようになりました。
もう私はどこかで覚悟していたんです。大腸癌(直腸癌)を。
このままでは進行しまう。
父に何度も受診するようお願いし、母にも痔だろうが何だろうが、受診は必用だと説得し、弟にも説得を依頼し、家族全員で受診するよう父にお願いしました。
その頃になると、父本人も症状が普通ではない事から、何かあると思ったのでしょう。
「お願いだから、年末年始を過ごしてから病院に行かせて欲しい」と言います。
癌と診断されれば、正月どころではありません。
酒が大好きで、年末年始に家族全員で集まる事を楽しみにしている父の願いです。

わかった、じゃぁ年明けにすぐに検査してね。約束だよ?

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近場の内科で診察

正月が過ぎた2011年1月の事です。
朝寝坊した私の携帯電話に、父と母と弟から何度も電話が来ていました。
何かあったな、と思いましたが、真実を知りたくなくて掛け直す事をしませんでした。

それでも何度も鳴る電話。意を決して大きい深呼吸をして出ました。
弟からの電話です。

弟「何やってんだよ、電話でろよ。」
私「うん、どーしたー?(震えながら明るく振る舞いました)」
弟「親父、癌だって」
私「あー、うん、だろうね(震えながら明るく振る舞いました)」

約束通り父が近場の内科を受診したそうです。
やはり癌でした。
偶然にも弟は昼食を食べに家に帰宅しており、母もいて、そこに父が真っ青になって帰ってきたようでした。
すぐに弟に聞きました。

私「マーカーの数値は?」
弟「なにそれ?」
私「CEAとか聞かされてないの?転移は?原発の大きさは?」
弟「よくわからん、俺、もう一回直接医者に聞いてくる」
私「お父さんそこにいるの?ちょっと替わって」

父「あいはい、もしもし」
私「やっぱり〜笑 あの世へ行く準備はできたか」
父「ははは、うん、もう腹くくった」
私「んなわけあるかい、死なせるか」

父は「癌ですね」と医者に言われて頭が真っ白になり、その他の説明を聞く事ができず、とりあえず会計をして、高額医療制度の申請を役所でして(このあたりはさすが経理部長)、自宅に戻ったようです。よく「癌と言われて頭の中が真っ白になる」とは聞いていたものの、本当にそうなるもんだと言っていました。

母に替わってもらいました。
私「お母さん、大丈夫?」
母「うん、今もカタカタ手が震えてる」

電話だけど、どんな表情で話しているかも手に取るように想像できました。
一通り家族と話して、一旦電話を切り、すぐに主人に電話しました。

私「もしもし、今いい?」
主人「うん、どうしたの。」
私「お父さん、やっぱり癌だって」
主人「えっ・・・・」
私「とりあえず。また電話来る予定だから電話切るね」

今思えば、主人に知らせる意味はなかったのですが(帰ってから言えば良かったのでしょうが)何かをしなければ落ち着かない状態だったのだと思います。

そこから数時間後、医者から病状を聞いた弟からまた電話がありました。

弟「マーカーは30らしい。大分前からのものでおそらくここ10年程経過しているだろうとの事。リンパにも幾つか目立った転移があるらしい。」

腫瘍マーカー(CEA)30。
基準値は5です。20以上で進行癌です。
そしてリンパに既に幾つか転移がある。

あぁ、もう父の命は短い。
とりあえず、わかったと電話を切り、私はうなだれたまま、全身震えていました。

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精密検査

最初にかかった病院から紹介状を渡され、すぐに総合病院で精密検査を受ける事になりました。
既に便がうまく出せず、食べ物も食べられず、やせ細る父。
検査入院で何日も食べられない日々が続き、更に体力を奪われます。
父と電話した所、空腹に耐え切れず、母が準備していた醤油や塩を舐めて生き延びていると私にこっそり教えてくれました。すぐに母に電話して醤油と塩を没収してもらいました。
父は言わなきゃ良かったと後悔していました。

1週間程度入院したでしょうか。
やっと食べても良いと許可が降りた時には、まずい病院の食事を信じられないスピードでガツガツ食べていました。(弟からムービーで送ってもらいました)
大腸癌の精密検査、あれは体力消耗で良くないですね。もっと優れた機器が開発される事を祈ります。

結果、思いもしない事実が分かりました。

大腸癌は相当大きく、リンパにも幾つか転移している、更に、転移ではない別の種類の癌、食道がんもあるという事でした。
もう、父の体中癌だらけです。
その総合病院でも手術は手に追えないとの事で、大学病院にうつされました。

大学病院がある場所は私の住む所のため、父と母は私の家に来ました。
父は正月の時とは比べ物にならない程痩せていました。たった1ヶ月前は楽しそうに酒を飲んでいたのに。短期間でこれほど急激に痩せるのが癌なのかと、父の姿を見る事が本当に辛かったです。

私の地元にある大学病院は、待ち時間も長い、医者の横柄な態度、検査技師の横柄な態度、研修医の材料、看護師の信じられない厚かましい言葉遣い、受付のロボットマニュアル的対応。
食道がんを診るために、内視鏡を口から入れられ、40分放置させられたりもしていました。病理に出すために一部摘出。

そして医師から告げられた事は
医者「上部と下部を同時に開腹手術し癌を摘出します。」
医者「予約がいっぱいなので、2ヶ月待ってて下さいね」
父「えっ、2ヶ月もですか?」
医者「当たり前ですよ、そうやって待ってる患者さんが沢山いるんです。あなただけ特別じゃないですから」

どうかこの医者に言葉遣いというものを教えてやって下さい。
いくら医師免許を取る程頭が良くても、患者に嫌味を言い、気分を悪くさせる事が「病院」のする事とは思えません。
さらに昨今、待つのは当然という考えの病院が多過ぎませんか?
もしその2ヶ月の間に、もっと病状が悪化したら、それは手術しても意味がなかったと判断するそうですが、その医師の妻や子供や親でも同じ対応なのでしょうか?
私はこういう病院の傲慢かつ横柄な対応に、心から憤りを感じました。

私の決断はこうです。
「こんなクソみたいな病院に、父の命を預けられるもんか」


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病院探し

2011年2月。
父は日に日に痩せ、癌と診断されて検査入院を繰り返し、1ヶ月の内に10キロも体重が落ちました。食道癌のせいなのか声も枯れている。弱っていくのが良くわかるのです。

地元(田舎です)の大学病院の態度や、2ヶ月も待っていられないという家族の願い、どうにかして救いたいと思い、私はありとあらゆる本、インターネットでの情報を集めました。
大腸癌の名医、その名医の治療方針、手術件数、実績、末期での生存数。

皆さんに是非知って欲しい事があります。
病院の態度は治療の技術と比例すると思って下さい。
以前も書きましたが、私は少し医療関係の(特殊な)仕事をかじった事があるので、医者と話す機会がとても多く、その時に感じた事です。深く書くと医師の方からバッシングされるでしょうから、下記だけを記述しておきます。私のおススメする病院は

・対応が丁寧で患者やその家族の不安感を取り払ってくれる病院
・病院の規模に関わらず、過去にその病気に対し治療の実績が多くある病院
(但しエビデンスエビデンスと連呼する病院は除外)
・命が関わる病気に何ヶ月も待たせない病院
・チーム医療を行っている病院
・積極的に手術したり新薬を使い、患者の懐も配慮する病院


この5つをクリアした病院を選んで欲しいと切に願います。
細かい所まで配慮できる病院は、病状に対しても細かい所まで配慮します。
癌は入院する事が多いです。看護師さん一人の言葉や行動で傷つきストレスを抱える事だって、寿命を縮める事なんですから。


そんな中、一つの病院のホームページが目にとまりました。
「我々は、今すぐ治療が必用な患者さんに対しお待ち頂く事は致しません。」

その病院は、名門と言われるトップクラスの病院で、芸能人や政界人も多く通う、本などでも紹介されている病院です。特に大腸癌の手術件数や治療実績は他と比べると格段に生存率が高い。
しかし、田舎に住む我々が、都会の名門病院に正面から行っても門前払いなのは分かっています。電話して聞いてみても、受付嬢がロボット対応するだけで、科にすら繋いでくれませんでした。3回程チャレンジしましたがダメでした。

弟は、「アホか、そんな大手の病院に電話しても医者につないでくれるわけがないだろう!いちいち患者に電話対応していたら日が暮れてしまう。無駄だ。地元であろうと大学病院なのだから、とにかく早い治療をしてもらわないといけない。もしその大手の病院に今から行き、受診したとしても、また一から検査で、結局手術が長引くだけではないか。俺は大学病院での手術をしてもらいたい」

・・・うん、分かる。
弟の言う事が一般的な方の意見だと思います。
癌と宣告された本人も家族も直後は心に余裕がないんです。
病院を選ぶ暇などない。
まして都会にある名門病院など我々には縁がない。
一日でも早い治療、手術。早く、早く。
そう思うのが当然なんです。

しかし、よく見かけるのが、上記理由で地元で一番大きい病院にかかり、無理な治療をされ、病状が改善せず、心に余裕が出てきた家族が調べ、別の病院に転院し、結局時既に遅しで「最初からうちの病院に来てくれれば」と言われて、患者が助からない。
私はこんな事が嫌なんです。

癌と診断され、精密検査を繰り返して早1ヶ月。あと3日以内に大学病院で手術を受ける事に返事をしろと言われる状態。冷静に判断出来ないように仕向けられているようにも感じます。

おちつけ私。おちつけ。父にとって最善の選択とは?
そもそも、10キロも体重が落ちた60代の男性、
そして体内には末期の大腸癌と初期の食道がんがある。
大学病院の方針を鵜呑みにして、2ヶ月待たせた挙げ句、上部と下部の同時開胸腹手術で体力が持つのだろうか?
その後抗ガン剤治療に耐えられるのだろうか?
かといって、私が見つけた名門病院がこんな田舎者を相手にするのだろうか?所詮大学病院と同じで、もっと待つ事になるのだろうか?
弟の言う事、私の考え、目の前の父が日に日に痩せていく姿。
とにかく頭の中は1秒たりとも休まずに葛藤しました。


私は最後に、一か八かで、名門病院の医師宛にメールをしました。もしこれで2日以内に返事がなければ大学病院にするしかないと思ったのです。
返事を待ちつつ、どこかで返事をくれるわけがないとも思い、もう大学病院で手術するしかないと家族全員が思っていて、明日の朝には大学病院に行こうか、そう話した日の夜、あろうことか、医師からメールの返信がありました。
メールを受診した時、送信元(病院の名前)を目にし、飛び上がってしまいました。

内容は伏せますが、その時の私たちにとって、テレビで見るような奇跡的な出来事でした。
返信に対して返信すると、また丁寧な返信があるのです。レスポンスが早い。
2人の医師から返信を頂きましたが、その2名の医師は、ある有名人を治療している名医であったり、日本でも指折りの手術の名医でした。
忙しい中で、田舎者からのメール一つにこれほど丁寧な返事を頂けた事に強く感動し、心から感謝しました。そしてその病院では、私が強く望むチーム医療をしていました。
私はすぐにお願いしますと返事をしました。
その名医からのメールの最後には

「全力でお力にならせて頂きます。気をつけてお越し下さい。お待ちしております。」

本当は泣きたいけれど気を張って必死に病院を探した私にとって、これほど心強い言葉はありませんでした。鳥肌が立って、涙がボロボロ出ました。父を救ってくれる人が待っててくれる。

場所は遠いけど、まだ父には体力も少し残されているのが幸い。この医師にかかる事が運命だと思いました。
治療は、諦めない事が肝心だと最初に思った出来事でした。

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病院の決定とその準備

名医から返信があった事を家族に伝えた所、母親は興奮してしまい半泣き。
弟は「こんな事ってあるのか」と驚愕しつつも「こうなれば話は別だ、すぐにその先生にお願いしよう!!」と言ってくれました。
名門病院にかかる事を勧めた事で、父自身も相当病状が深刻であるという事は理解したようです。(未だに癌だと信じられず頭が真っ白なままだったので)
私は自営業の為、どうしても仕事を休めず後から行くという事、弟はこれまで父の病状を聞いたり母の送迎など随分会社を休んでしまった為、まずは、父と母の二人で名医の所に行ってもらう事となり、その準備を始めました。

翌日、朝一番で大学病院での手術を拒否し、転院を希望し(大学病院の医師から「勝手な事して迷惑ですねぇ」と言われました。最低な医者です。)無理矢理紹介状を書いてもらい、私は新幹線切符を買いに走り、(父の入院が長期間である事を想定し)母には病院近くのマンスリーアパートで暮らしてもらう事にし(昨今は便利ですね、ネットで契約して翌日にはすぐに使えるんです)、主人にはアパートから病院までの道のりをgoogleマップを使って幾度も母に説明してもらいました。

翌日、私は父と母を車に乗せて駅まで向かい、新幹線乗り場まで一緒に行きました。
二人を座席に座らせ、「こっちの事片付けたら後で行くから。頑張れよ!」と言うと、父と母は都会へ行く事に緊張しつつも、「おう、頑張ってくるよ」と弱々しく言っていました。

両親にとって滅多に出ない都会、滅多に乗らない新幹線です。
せっかく都会に行くのに。せっかく新幹線に乗るのに。目的は「末期癌治療」。
両親の姿を見て「これが旅行だったら、二人はどんなに楽しかっただろうか」と思うと、胸がギュっと痛くなりました。

私は出発ギリギリまで新幹線内に一緒にいて、出発の合図と共にホームに出ました。
そして父と母を乗せた新幹線が出発。

窓からは、弱々しくも笑顔で手を振る父と、父の背中に手をあてながら不安そうにも笑顔で手を振る母、私も笑顔で手をふり、新幹線が見えなくなるまで手を振り終えた瞬間、それまで堪えていた涙がぶわっと溢れ出してきました。
周囲の目など忘れて「先生、どうか、どうかお父さんを助けて下さい」と声にしながら、頭を下げ、暫く泣き続けました。

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再検査

父と母を見送り、暫く駅のホームで泣いた後、流れる涙を何度も手で拭いながら駐車場へ向かい、車に乗ってまた暫く泣きました。
少し冷静になってから弟に電話し、父と母が無事に出発した事と予定到着時刻を伝えました。
弟「そうか、分かった。お疲れ・・・。あとは先生に任せるしかないよな・・・、俺らも今のうちに体力蓄えておかないといけないから、あまり考え込むなよ。」
辛いながらも毅然とした態度、やはり男は強い。弟のお陰で帰りは冷静に運転する事が出来ました。

次に向かう先はスーパー。慣れない土地では買物もすぐにはできないでしょうから、身軽な荷物で行った母のために、食料や備品などを買い揃えて送るためです。
母にとっては人生初めてのアパート生活に備えて、必用であろうものを買い込み、段ボールに詰めて送りました。私が出来る事はここまでです。あとは先生にお願いするしかない。

その頃、元気な声で「無事に着き、googleでの事前学習のかいもあってすぐにマンスリーアパートに辿り着いたよ」と母から連絡がありました。病院の場所も大丈夫との事。どこかしら都会に出て興奮し、案外都会でも生きて行けそうだと安心した(若干旅行気分の)母の声。父の癌はどこへやら。
さっきまでの涙はピタリと止まりました・・・。ま、ひとまず安心だけど。

さて翌日。
父と母は不安ながらも病院へ向かうと、既に先生が受診予約を入れて下さっていたようです。田舎者の私たちにこれほどまで良くして下さり、本当に感謝です。
父曰く「とても腰の低い優しそうな先生で、凄く安心したよ。“遠い所からありがとうございます、さぁさぁお掛け下さい”ってさ。やっぱり都会と田舎じゃぁ医者の対応が180度違うなぁ」と言っていました。
そして無事に入院となりました。

母曰く、父の入院するベッドの名前の箇所に、赤いペンで「緊」という字が書かれていたそうです。
地元の大学病院ではのらりくらりと1ヶ月以上かけて行った精密検査でしたが、その名門病院では緊急扱いで検査をして下さり、3日間で精密検査が終わったそうです。

そう、父は既に腸閉塞になっていたんです。だから緊急の「緊」だったんです。
地元の大学病院ではその位は分かっていただろうに、1ヶ月も検査にかけて、更に2ヶ月待ちをさせようとしたんです。もし鵜呑みにしていたら、父は手術の練習台になってあとは死ぬ運命でした。
この病院を選んで良かった、本当に良かった。
無事、1週間後には手術という事になりました。

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病状説明と治療方針

手術2日?前に先生から父と母が呼び出されました。

父の病状の説明です。

地元の内科・地元総合病院・地元大学病院、この3ついずれでも
・人工肛門は避けられる
・開胸腹して原発や転移を取る
・リンパ転移はそれほど多くない
・ステージ3b
と言われていたのですが・・・

この名門病院は末期患者であっても98%は手術をしています。
その上でその名医がおっしゃった事は
・食道がんはない(病理検査で取った時に消えた可能性あり。不思議。)
・手術はしない(できない)
・人工肛門にする
・リンパ転移が無数にある
・肺や肝臓への遠隔転移はない
・ステージ4
との事でした。
病院によってこれほど治療方針や手術前の診断が異なるんです。
奇跡的なのか食道癌がなくなった事には本当に安堵しました。

しかし父は命よりも「人工肛門」に反応し、また頭が真っ白になったようで、先生からの説明の途中に汗をだらだらとかき、「トイレに行かせて下さい」とフラフラ立とうとしたので看護師さんが付き添ってトイレに行ったそうです。オイオイ、命がかかってるんだよ、そこじゃねーだろって思ったけど、本人にとっては嫌ですよね・・・

その後、母一人で説明を受けた所、

食道がんは既にないが、胃の状態は悪くいつ再発してもおかしくはない。そのため慎重に胃の状態は見ていきたい。大腸癌の方は原発巣が粘膜下層まで浸潤しており、大きさも10cm程度で大変大きく既に腸閉塞。CEAは既に60を越え、骨盤内リンパに小さいものを含めると無数の転移があり、リンパへの大きい転移も3ヵ所、内一ヵ所は大動脈付近にあり、このまま治療をしなければ4ヶ月という余命宣告を受けたそうです。
そのため、原発巣を取り除くよりも、まずは肛門を温存したままストーマ(人工肛門)にすると、食べる事が出来るようになるので体力が回復する。そうなれば余命は1年半程度に延命できる事、更に体力が回復すると抗ガン剤治療が出来るので、抗ガン剤で癌を小さくし、どこまで小さくなるかによっては手術可能になるかもしれない事、するとストーマをやめる事も出来ること、ここまで来れば患者本人の体力や体質もあり、2年生きる人もいれば、3年、4年と生きる人もいて、余命を判断する事は難しいこと、など、丁寧な説明を受けたそうです。


そう、手術というのは原発巣を取る手術ではなく、原発巣を残したまま「人工肛門にする手術」だったのです。
やはり母(女性)は強いです。
普段は「難しい事わかんない〜」と家族に頼る母ですが、今回ばかりはしっかり話を聞いて私に説明してくれました。

私はこの治療方針に非常に納得しました。患者の体力、年齢、そういった事を考慮し、更には既に遺伝子検査で抗ガン剤がどの程度効くのかも分かった上での判断だったと思います。

癌というのは進行癌になった時点で、原発巣を取り除くと転移する力が強まると聞きた事があります。以前の記事でも書いた通り、もし父が地元の大学病院で手術を受けていたら、胸から腹まで切られて開けてみて「あー、無理」と言って閉じるだけです。無駄に体に大きな傷が残り発熱し、白血球が傷口治療に働きかけ癌は更に進行、そして再度ストーマにする書類にサインして云々、再手術の予約、結局父はその前に死んでます。こんなの素人でも分かる話です。

この話を聞いて、延命治療の方針である事が分かりました。
でも諦めません。延命治療中から脱出出来る可能性もあるんです。敗者復活戦で復活する人は必ずいるのです。ですから延命治療が悪い事とは思いません。
私は母から説明を受け電話を切った後、すぐに抗ガン剤・その副作用の対策なども徹底して調べ、頭に叩き込むように勉強しました。
幼少期は馬鹿まっしぐらの私でしたが、親のためなら医者にもなります。

肝心の父は、白い顔に脂汗をかきながら戻ってきて、とりあえず分かったとベッドに潜り込んだようです。
きっとその夜、父は泣いていたと思います。

拍手[31回]

ストーマ(人工肛門)へ腹腔鏡手術

2011年3月。
人工肛門の手術当日。
朝に父からメールが届きました。
「体調良好。これから手術だ。もう身をまかせて先生にお願いするしかないよな。頑張ってくるよ」と。

どこか父自身、自分に言い聞かせるようなメールでした。
私はすぐに返信しました。
「代われるものなら代わってやりたい。辛いと思う」
「でも一時的な人工肛門、また元に戻せるのだからくよくよすんな。手術は寝てれば終わるから。もう少ししたらそっちに行くから、頑張れよ!」

父は弟にも同様のメールを送っていたようで、
弟も「代われるものなら代わってやりたい」と返事をしていたようです。

本が嫌いな父のために、入院中に暇にならないようにと渡したiPad。
父は母に手術中に暇だろうからとipadの使い方を簡単に母に説明して渡し、運ばれて行ったようです。

私がこの病院を選んだ一番の理由は、腹腔鏡手術をメインとしている事です。
父の担当医は、この腹腔鏡手術のゴットハンドと言われる日本でも指折りの先生です。

私自身が腹腔鏡手術を受けた事があり、腹腔鏡のメリットとデメリットを良く知っています。
腹腔鏡手術というのは、ここ十数年で広まった手術方法で、お腹の中にガスを入れて膨らませ、腹に穴をあけてカメラを入れます。別の穴から器具を入れモニター越しに手術をする方法です。
メリットは何と言っても傷が少なくて済む事。そのため患者自身の体力を温存できたり、回復が早いのです。私が受けた時も手術翌日から歩き、5日目で退院できました。
しかしデメリットはミスが多い事。医師の技術が何よりも必用で、経験値が非常に大切との事です。
知り合いの医師に尋ねた所、腹腔鏡を扱う医者でもその差が大きく、それは小学生と大学生との差がある程であると言っていました。

昨今では良性腫瘍の手術であれば腹腔鏡手術をする病院が増えてきましたが、悪性腫瘍に対してはまだまだ技術が不足しているそうです。
そんな中、父の主治医は悪性腫瘍を楽に取り扱えるのです。

体力のない癌患者が開腹手術を受け、更に体力を奪われた挙げ句、傷を治そうと体が抵抗して発熱し、更に抗ガン剤を打ち細胞を壊して行く事、これが本当に癌への治療なのでしょうか?
いかに患者の体力を温存し、元気に動き、癌を消滅させて行けるのか。
患者のQOLを上昇させる事が最も重要だと私は思っています。

骨盤内が癌だらけの父のストーマ手術は、3時間程度という予定で運ばれましたが、1時間弱で終了で戻ってきたようです。3時間の予定だったのは、可能ならある程度リンパ廓清をして下さる予定だったのだと思います。でも予想以上に転移が多くてやめたから時間が短くなったのだろうなとも思います。
ストーマにする手術自体は、ゴッドハンドの手にかかれば10分もあれば終わるのだそうです。

麻酔から目覚めて運ばれてきた父は、ipadをしながら待っていた母に親指を立てて「ニヤリ」と笑ったそうです。
父の癌に対する(原発巣を取る)手術は出来ませんでしたが、それでもストーマ手術を腹腔鏡で行う事が出来て、私はこの病院を選んで良かったと思いました。

母は父の様子を私に報告しながら、「お母さんさぁ、手術待ってる間、iPadのゲームしてたんだよ(iPadが使えたという自慢)シュッってやって画面開いてさ。」を強調していました。
やはり、一番強いのは母です。

拍手[33回]

抗ガン剤治療の説明

私自身の仕事や、母からの頼まれ事、家の事など、全ての段取りを終え、いざ私も病院へ行く事になりました。

予定していた日、父と母は私が来るのを首を長くして待っていてくれたのですが、
私は何故か行きたくないと思ったんです。
「ごめん、明日行く」

なんで?どうして?と言われるのですが、どうしても行く気になれません。
きっと、父のストーマを見る決意が出来なかったのだと思います。
その日に行く事をやめました。

インターネットを閲覧していたら、乗る予定であった時刻の新幹線が地震で一時運休したとの事。
すかさず両親に「地震で新幹線が運休したらしいよ。あぁ〜、良かった、ほらねやっぱり。」とメールすると「お前は勘がいいやつだからな」と言われました。
そうなんです、私は本当に勘がいいんです。
根拠はありません。でも、とにかく勘がいいんです。

翌日、今日は行かねばと意を決して父と母の待つ病院に向かいました。
途中、先生にお土産も買って、看護師さんたちが食べられるであろう個別梱包されている個数の多いクッキーも買ったり、自分が飲み食いする軽食も買って、紙袋やらビニール袋やらスーツケースやら、荷物だらけで移動しました。

そして到着。
都会の空気はどこかぼんやりと、けれど晴れ晴れしていました。
母の待つマンスリーアパートへ向かいます。
移動途中、何度も母から電話が来ました。あと5分で着くよ、あと3分、いまここ、などと答えました。
父が癌で入院、一人慣れぬ都会でマンスリーアパート生活、一人で父の付き添いをし、心細かったのが手に取るように分かりました。
そしてアパートの玄関をあけた途端、母は「おぉ〜!!やっと来たね!!」ととても喜んでいました。私の顔を見て安心したようです。
少しお茶を飲みながら話したり、荷物を整理した後、すぐに病院に向かいました。

「こっちこっち」と、いつの間にか都会人になっていた母に誘導されながら、徒歩で病院まで向かいました。途中、「この店には何も良い品がないんだよ」とか、「この店でアレを買ったんだよ」とかガイドしてもらいました。温泉のロッカーの鍵すら一人で出来ない母が、一人慣れぬ都会で頑張ったんだなと思いました。

「あそこ、あれが病院だよ」
そう母に言われて見上げた病院はずしんと大きいものの、同時に恐怖も感じました。
緊張しつつも、手慣れた母に着いて行きながら中に入ると、まぁ〜狭くて古いこと。
「なんか想像と違う〜」とか言いつつ、キョロキョロしながらエレベーターへ。
エレベーターに乗りながら母は言います。
「お父さんの入院している階はね、末期の癌患者しかいないから異様な雰囲気だからね」

そう言われて少し緊張したのもつかの間、父の病棟に到着しました。
普通ではあるけれど、どこか明るさがなく、患者の顔が沈んでいる。確かに異様です。
そう感じながら父の部屋に向かいました。

父の部屋は「北病棟9階404室」
流石に笑いました。母にひっそりと
「ねぇ、もしかして、ここを曲がったら天国じゃないの?」と言うと、静まり返った病棟を歩きながら母が笑いを堪えていました。

さて、やっと父と対面です。
「よぅ、癌患者」
と声をかけると
「おぅ!来たか!」と笑顔でした。
やせ細っていたものの、割と元気で、お腹のストーマを見せてくれました。
「あら、チキンカレーだね」
と言ったその日のお昼の病院給食がチキンカレーで、父は半分以上残してました。(笑)
コントみたいでした。

回診の時間になり、チームで来た先生達にご挨拶し、お土産を渡し、感謝を伝えました。
その夜、また先生から呼び出されました。
回診に来て下さった中にいた先生で、私がメールしていた先生とは違う先生です。

「これから抗ガン剤治療をしたいと思います」

なるほど、この先生は抗ガン剤担当医なんですね。
チーム医療だもんね。

既に抗ガン剤の知識は一通り頭に入れてから来ましたので、私は動じる事なく説明を受ける事が出来ましたが、父や母は副作用などの説明を聞きながら不安な表情になり、特に父はまた脂汗を垂らして、手をぎゅっと握っていました。

一般的に完治不能の進行がんに対して、最初(1stライン)はFOLFOXから始める事を頭に入れていたので、5FU、ロイコボリン、エルプラットという名前を聞いて、FOLFOXだと理解できました。父がやせ細っていたので、アバスチンが使えるかどうか心配でしたが、ストーマにして食事を取れるようになり、徐々に太ってきたので、頃合いを見計らってアバスチンも使うと聞き安心しました。
先生から聞いたわけではなくネットでの情報ですが、アバスチンってのは2006年に認可された新薬で、抗ガン剤がよく効くように血管に作用する補助薬みたいなものらしく、これがかなりの効果があるとのこと。余命が半年以上とされる比較的体力のある患者にしか使えず、また効果が見られるのがその6〜7割との事らしい。昨今は抗ガン剤が効くか効かないかは遺伝子検査である程度分かるそうですよね。
つまり、父はFOLFOXが有効であり、アバスチンが有効と判断されたわけです。
おぉ、お父さんやるじゃない!これで2年の延命が期待できる。

私はもっと話を聞きたかったのですが、父がこれ以上説明を聞くとまずいなと思った(かなり青ざめていたました)ので、先生に「とりあえず分かりました、受けます、ね、お父さん。」と言って、先生には目で合図して話を切り上げてもらい(先生も目で了承してくれ)、父と母を連れて病室に戻りました。
父はベッドに戻る途中、見た事もない強張った顔で「これでは殺される」と何度も言っていました。

普段は非常に頭が良く、回転が早く、理解力があり、柔軟な頭脳の父なんです。
そんな父でも余裕がなくなるのが癌であり、抗ガン剤治療です。

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抗ガン剤治療 1stライン

翌日。
父は一晩寝て、どうやら抗ガン剤治療をする事に対し頭で整理できたようです。
頭脳派の人間なので、頭で整理さえ出来ればかなりの事まで気楽に過ごせる人なのが幸いでした。「先生がやれと言うのだから、もうやるしかない」そう言っていました。

早速FOLFOX抗ガン剤治療(5FU・ロイコボリン・エルプラット)が始まりました。
2週間に一度、3日間体内に入れ続けます。

抗ガン剤と言っても、見た目はただのアンプルです。
抗ガン剤を薄めるためにビタミン剤や、吐き気止めを入れてくれているのも分かりました。

看護師さん達も皆さん優秀。
ストーマ装着の練習や、受け答え、頻繁な巡回、患者とのコミュニケーション、時に医療従事者として厳しく患者に接するなど、神経質な私でも「完璧」と思える教育がされています。
一人一人の看護師さんが、医療従事者としてのプライドを持っているように感じました。
田舎の威張り腐った言葉使いも知らないタバコ臭プンプンの茶髪看護師とケタが何ケタも違います。

不安そうにパイプ椅子に座って
母&私「お父さん、調子は?大丈夫?」と言うと
父「だいじょぶじゃねーの?多分。あ、喉が痛い、あ、そうでもない」
とテキトーな返事をし、枕元にあったライトをハゲている自分の頭にあてていました。
父は私たちの心配を察し、逆に笑いを取ろうとしたんでしょう。
分かっているものの、その姿があまりにおかしく、
母と私は「頭に反射して更にまぶしい」と、静かな病棟でヒヒヒと笑いを堪えていました。

そこから数分。
ゆらっと揺れました。
あれ?と思った時には、建物が大きく揺れています。
9階だから都会じゃ普通の事なのかと思ったら、他の患者さんが地震だと騒ぎ出し、皆病室から出てきました。とても大きい揺れです。今までに体験した揺れの中では一番です。

5秒ほどでしょうか、それでもやまない揺れに
父は「これはヤバい」と言い、
私たちに何を言う事もなく、自ら外出用の靴をはき、携帯をポケットに入れ、一人アンプルを引き、病室の入り口をおさえていました。
慌てて私はその父を支え、その私を母が支えます。「大きなカブ」という童話の状態です。
他の患者さん達はワーワーと騒ぐだけです。

数秒もしない内に、看護師さん達が各部屋に一人ずつ来て、入り口をおさえながら気丈に
「大丈夫ですかー。大きい地震ですね〜」と笑って言うんです。
揺れ続けながらも、看護師さんの気丈な言葉に安心し、揺れる中で
私は母に「お父さん、抗ガン剤引っ張って一人で逃げようとしたよね?この人どんだけ生きる気だろ?」とひっそり言うと、母は揺れの中でヒヒヒと笑っていました。

忘れもしない、父の抗ガン剤が始まった日。
そう、これが3.11の地震です。

今思えば、ディズニーランドの対応が随分と評価されていますが、あの病院の対応もかなり評価されて良いと思います。看護師さんだって怖かっただろうに。消化器が倒れるとすぐに直したり、患者さんへ大きな声で声掛けしたり、非常口のドアの確保もしていました。素晴らしかったです。

長く大きな揺れが終わった後、テレビをつけると皆さんご存知の通り凄い事になっていました。どこのテレビ局も日本地図です。
院内のエレベーターは停止。
どうやらトイレの水も逆流しているのか茶色になっていたようです。
一体何なんだ、何が起きたんだと不安でした。

患者の夜の給食は確保出来ているとの事でしたが、母と私の食料がありません。
アパートに戻ると食材はあるのですが、また大きな地震があったら父を残す事になります。
それにアパートだから何かあったら危険。
暫く病院に居た方が良いのではないかと判断し、母には父の側にいてもらい、私一人で階段を使って地下の売店まで食料を買いに向かいました。
9階から地下までの階段往復はきつかったです。階段を降りながら「ここで使う体力を温存して何も食べないのと、こうして体力を消耗して少し食べるのとでは同じ事ではないのか」という疑問を抱えながらもどうにか地下に到着。
到着した頃には既に売店に食べ物が殆どなく、母用のスパゲッティと私用のパンを二つ買いました。

父は携帯で幾度も弟の安否確認。
電話が全く繋がりませんでしたが、ドコモ(個人携帯)とソフトバンク(会社携帯)を2台持っていた父は二刀流で電話をかけ続け、ソフトバンクの方で繋がりました。
実家は被災地付近なので、停電、断水があったそうですが、どうにか大丈夫なようでした。
本当は弟も翌日病院に来る予定でしたが、当然来れなくなりました。でも来なくて良かった。実家の状況を伝えたり、何かあった時に外部から動ける人がいなくなるので。
私も主人に連絡し、私の自宅の安否確認も取れました。(私の自宅は被災地から遠いので安心してましたが、停電はしたようです)

当日は面会の人も特別許可で夜間も居て良い事になっていたようですが、余震も少なかったので一旦母とアパートに戻る事にしました。父は「また余震が来る・・・」といいつつ、結局母と私に帰って欲しくないだけなのが良くわかりました。
「何かあったらすぐ来るから。」と言い、病院を後にしました。

・・・と、抗ガン剤の副作用がどうだとか考える暇もない一日になりました。

その日はアパートでいつ地震が来ても良いように、服を着てコートを来て、靴下をはいて、鞄まで持ったままベッドに横になりました。万一また地震が来た時にすぐに逃げれるよう、足元に非難具を置き、予行練習として「地震だ!」という合図で私が起きて荷物を持って逃げるという練習している姿(万一のためにとコートの上に毛布を腹に巻いて紐で縛り付けて腹巻き状態にしていた)を見て、笑いを堪え切れなくなった母は大笑いしていました。そういう母も、コートを着て帽子をかぶって鞄を斜め掛けにして寝ていたので、二人で大笑いでした。父が癌と宣告されてから数ヶ月ぶりに笑えた日でした。
幾度か大きな余震があり、その都度予行練習通りに、コートの上から腹に毛布を巻いて荷物を持って入り口確保をし、父にメール。
一晩中殆ど眠る事は出来ず、テレビをつけっぱなしにしたまま横になっていました。
窓から外を見ると、深夜にも関わらず、大きなビルに灯りが沢山ついていました。帰宅難民を間近で目撃しました。

不謹慎な表現が多くご気分を悪くされた方がおられたら申し訳ありません。
誰かの突然の死、思いもしない突然の出来事、生活の急な変化は、震災に遭われた方達にとって、私達の想像する以上の苦しみだと思います。ですがほんの少しだけは理解しているつもりです。父が今も生きてくれている事や、私たち家族が生きている事に感謝です。
生きている事に感謝して、笑える時は笑いましょう。生きている者が出来る事はそれしかないんです。
震災で亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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初めての抗ガン剤を終えて

3日間の抗ガン剤を無事終えました。
冷たいものを飲むと喉にグッと来るような感覚以外は特に変化はないとの事。
次の抗ガン剤は2週間後です。

父がこのまま入院して次の抗ガン剤まで待機するのは、ある意味病院にいるという事で安心ではありますが、マンスリーアパートの家賃も半端ないのです。
更にあの原発の爆発映像。
実家に弟がいる事を考えると、父と母を連れて帰った方がいいのではないかと思いました。

しかし、震災により各種交通機関が使えない。
地上がダメなら空の便です。
私は自営のため、仕事のメールを受信し簡単な受注は対応出来るようにパソコンを持って行っていたのが幸いで、急いで飛行機の予約を取る事にしました。
それでも既に予約はいっぱいで、幸いにも14日の座席が空いていたので、14日午前に一時退院し、体力がないであろう父や、荷物が多い事を考え、タクシーで羽田空港へ向かいました。

私たちが田舎から来た事を知ったタクシーの運転手さん。
病院から乗ったので「お見舞いですか?」と尋ねられて、いえ違いますと答えると、大きい病気だと察してくれたようで
「本当なら観光なんかもして行かれたら良かったのですがこの震災ですからね」と、運転手さんは「ぜひ次に来る時は観光できたらいいですね」と。
あそこは名門ですから、色々と大丈夫ですよ、といった事をお話してくれました。
運転手さんの心遣いに感謝しました。
便も聞いて下さり、その便の一番近い入り口まで送り届けてくれました。

便の時間まで余裕があったので、ラウンジを利用して休憩しました。
母はトイレに立ち、父と私二人で大きなテレビで震災の報道を見ていると、父がポツリ。
「今年は色んな信じられないことばかりが起きるよ」

ん。だね・・
言葉に詰まりました。
癌、ストーマ、抗ガン剤、都会の病院、震災。そして今いるのは空港のラウンジ。
無縁と思われていた事が次々と襲ってきたのです。信じられないよね。
家族より誰より、やはり本人が一番辛いんです。
黙って震災の報道を見て、トイレから戻った母と談笑する父を眺めていました。

無事到着し、事前に予定していた通り空港には
弟と主人がそれぞれ迎えに来てくれていました。

じゃぁね、お互い気をつけよう、と言って父と母は弟の車で実家に、
私は主人の運転する車に乗って、帰宅しました。

どっと疲れが出ました。
雪が凄かったです。



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ストーマ生活

さて、自宅に戻った父は、慣れないストーマと格闘していました。
お腹に梅干しが一つある感じです。

一般的にストーマと言えば「臭い」と思うかもしれませんが、昨今の医療は本当に発達していて、無臭です。父の隣に座っても全く匂いがありません。
たまにすれ違った時にふわ〜んと便の匂いがする事があるような、ないような、、、という程度です。

また、ストーマは非常に強い粘着シールのようなもので装着します。
(最近、傷口を治すバンドエイドがありますよね?あんな感じです。)
父は元々皮膚が弱く「かぶれ」が一番心配でしたが、病院が勧めてくれたメーカーのものが一番かぶれが少ないとの事で、まずはそれを試した所、見事父の体質に合ったのか全くかぶれませんでした。今も一度もかぶれていません。

父がストーマになる事が分かった時、私はストーマについても事前に調べました。
家族としてどう接したらいいのか、患者本人はどんな気持ちなのか、その他ストーマメーカーの種類、かぶれ、対処法、体験している沢山の人のブログなども見ました。

そこで私が行き着いた結論は

・外れた時に嫌な顔をしないで一緒に片付ける
・オナラが出ても知らないふり
・ストーマを忘れさせる生活
・消化された食べ物が詰まらない食生活


これがストーマ患者にとって一番なのではないかと感じました。
勿論私がいる時は進んでやろうと思いましたが、普段一緒に生活する母と弟に実践をお願いしなくてはなりません。
早速、母と弟に説明しました。
すると母は「ぐぇ〜、クソまみれの片付けは嫌だぁ〜」なんて言ってましたけれど。(笑)


やはり数回は上手く装着できず、ずれたり外れたりして、漏れた!と思った瞬間にトイレに走るも間に合わなかったり、寝ている間に全身便まみれになったようで、その都度母はシーツを交換したり、衣類を処理したりしていたようです。
母や弟は私と約束した事を忠実に守ってくれて、嫌な顔を一度も見せず、一生懸命対処していました。母は一生懸命父のストーマの張り方を研究し、今では看護師さんより上手に張ります。
それでも母は、ストレスが溜まるとちょくちょく父のいない時を見計らって私に愚痴の電話はしてきましたけれど。(家族とは言え、他人のクソは本当に臭いんだよ〜!!とか・笑)
母は食事も頑張って工夫して、父は一度も便を詰まらせた事もありません。

でも多分、便まみれになった時、父はこっそり泣いているはずです。
あの涙もろい人が泣かないはずはありません。やっぱり本人が一番辛い。
だからこそ、家族みんなでその辛さを分け合うんです。

母は得意の裁縫でストーマのパウチを隠せるような小さい袋を作り、そこにパウチを収納するような感じにしたので万一はずれても安心だし、見た目も全く分かりません。

あとはオナラ。食事中でもいつでも、問答無用で「ぷぅ〜」と小さなオナラが出ます。
オナラというのは普通の人は肛門筋によっておさえられますが、筋肉がないので勝手に出てしまうのです。その都度父は申し訳なさそうな顔をしていましたが、私たち家族は、無視しました。
オナラが出ても無視。今まで話していた話題をそのまま続けます。
時には「おぉ、出たね。腸が健康な証拠だ」と言って笑っています。
ストーマになってから半年も経つと、ストーマのはずれもなく、匂いもなく、オナラも家族全員慣れっこです。

父はいつも言います。
「応援隊が優秀だから、大丈夫だ、お、また屁が出たよ」と。
そりゃそうだ、我が家は絆が強いからね。ぷぅ〜。

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抗ガン剤治療1stライン(副作用編)

2週間に1回、都会の病院に通う事になった父。

毎回母がついていくにはコストもかかります。
父はストーマにしてからとにかく食べてみるみる太っていきました。
そのため体力も回復し、一人で隔週3泊4日で病院に通っています。

心配だった副作用ですが、父の場合

・1回目あたりで冷たいものを飲むと喉にグッと来る感じ
・2〜3回目あたりで手足末端に痺れが出る
・4〜5回目あたりで鼻汁に少し血が混ざるようになる、口内の粘膜が薄く感じる、手足末端の痺れが強くなりボタンがし辛くなる
ここでエルプラットをやめ、5FU・ロイコボリン・アバスチンのみに。
・6回目以降は殆ど症状は同じで
・喉にぐっと来る感じもなくなり、鼻汁に血も混ざらない、一時的に味覚異常はあったが戻り、倦怠感は元からそれほどない。
手足末端の痺れを除けば、健康そのもの。

家族が一番安心したのは、吐き気が一切なかった事です。
それによって食欲があるので、とにかく太る。一番痩せていた時から15キロ近く太ったんです。
肌艶も良くなり、枯れていた声に張りが出ました。
「抗ガン剤なんてたいした事ねぇーなぁ〜」なんて言い出す始末。

タバコはやめたものの、酒は飲む飲む。お菓子も食う食う。飯も食う。
よく喋って、よくゲームして、よく寝てる。

治療に専念するという事で会社をやめたので、毎日暇な日々のようです。
癌に負けてられないと、毎日朝に30分散歩をしてウォーキングしています。
マーカーの数値の変動は次の記事に。

1stラインのFOLFOXは、2011.3〜2012.6まで続けました。




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抗ガン剤治療1stライン(マーカー編)

父の場合、2011.3時点でCEAは60を越えていましたが、ストーマ手術をしてFOLFOX・アバスチンの抗ガン剤投与から数ヶ月。マーカーの数値は徐々に下がり始め、抗ガン剤投与から4〜5回目でマーカー値は一ケタに突入しました。

父は手術をしたいと何度も先生に申し出ましたが、先生はその度にはぐらかしていたようです。
と聞くと、父が癌を治そうと必死な印象があるんですが、父の場合は原発巣の手術ではなくストーマを取る手術(肛門に戻す)を希望していたようで、少しズッコケました。

父に色々聞いた所、先生はやんわり説明して下さっていたようで、もう少し様子を見てからと言われたそうです。が、ハッキリ書くとこういう事なんだと思います。
「父の場合、手術する事自体は出来るが、それは大手術になるであろうこと、父の体力の消耗と、術後の余命を天秤にかければ、手術する意味がなく、仮に通常の肛門に戻した場合、普通の生活を送れるようになるまでに要する時間よりも、その先に生きる時間の方が短く、現在ストーマで良好な生活が送れており抗ガン剤の副作用が少ない事から現状維持」と判断しているようでした。(これはあくまで私が受け取った印象)

手術が無理とやんわり言われた父は、ならばと次に考えます。
とにかく病院に行きたくないと言い出しました。
なぜなら、父が入院する病棟が癌病棟で、患者は皆暗い話ばかりだそうで、モチベーションが下がるのだそうです。中には隣のベッドで泣いたり、窓を眺めたまま沈んでいたり、神経質になって看護師に八つ当たりしている患者さんもいるそうなんです。
また、散歩するにもアンプル速度調整のための器具のバッテリーが弱く、30分も離れるとビービーと音が鳴るので、トイレ以外の用事では殆どベッドの上にいなくてはならず、体を動かす事も出来ず暇でしょうがないんだそうです。
更に、白血球が不足して抗ガン剤が受けられず結局日帰りした事も2回程あり、お金の無駄だと言うのです。

・・・まぁ、あれこれ最もらしい理由をつけて、結局行くのが嫌だったんです。
きっと、「手術が無理なら癌と共存する方法」を自分なりに考えて、「自分が癌である事を再認識する場」に行きたくなかったのだと思います。
2011.10頃からでしょうか、医師に相談したのでしょう、1ヶ月に1回の通院で許可を貰ったと喜んでいました。

しかしそれから徐々に数値が上がり始めます。
このブログを読んでいる方ならお分かりかと思いますが、癌というのはマーカー数値そのものよりも、その上下が重要です。
しかし、無理に行かせてストレスを溜めるよりなら1ヶ月に1回でもいいのかもしれない、医者がOKを出すのだし、少し様子を見るのかもしれない、そう思う反面、1ヶ月に1回の投与ではむしろ癌を増殖させてしまうのではないかと思いました。

なぜ白血球が不足するのか?
抗ガン剤は良い細胞も悪い細胞も、とりあえず壊していく物質です。
特に細胞が活発に働く場所(再生力が強い場所)を狙って攻撃します。(ですから爪や髪の毛に副作用が出るのです)大腸内もその一つです。ですから抗ガン剤が比較的効きやすい部位なのです。
そこで白血球が良い細胞を守ろう、再生させようと働くのですが、(FOLFOXは)それが2週間後に一番効くため、白血球も2週間後に一番闘っているため不足するんです。(多分)
その時、更に抗ガン剤を投与するから癌が消滅するのであり、そこで怠ると癌が抵抗しようと増殖するのでは?と思ったのです。
父にやんわりと説明するも、行きたくないと言うので、父に従う事にしましたが、大丈夫なんだろうか・・心配でした。
せっかく抗ガン剤がよく効き、副作用も少ないのだから、このままリンパ転移箇所だけでも消せれば手術に持ち込める可能性だってあるのではないかと思っていたのですが・・・

予想通り心配は的中。数値は上昇しだしました。
一ヶ月に5〜8程度ずつ上昇しています。
医者は父に言います「あまり数値に捕われないでいきましょう」
そのため父は安心していました。
これは延命なのか?素人では判断できませんでした。
それでも父は元気です。
「癌って感じがしないんだよね、普通だし。元気だし。」
それが大腸癌の特徴なんだよと言いたいですが言えませんでした。

数値は上昇し続け、ついに2012.6、50台になりました。
そこで医師に言われました。
「転移もないし、そろそろ新しい抗ガン剤に切り替えましょう」

2012.6、2ndラインのFOLFOLIへ切り替える事になりました。

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抗ガン剤治療2ndライン(副作用編)

2012.6

父は医師から「イリノテカンという抗ガン剤に切り替えます」という説明を受けたようです。
ただ、その説明時に「副作用で脱毛が結構あるんですよ」とも言われたそうです。
癌よりもストーマを気にする父は、当然次は毛がなくなる事を気にし出します。

さすがにここまで来ると母も私も弟も
「ハゲが今更何を言っている。命の方が大事だろう?」と説教です。
しかし父は「髪は男の命だ!」と言うのです。
あのー、男の命って言う程、元々毛はないんですが・・・
「波平にはなりたくない!」と騒ぎます。
騒ぐ父を横目に、冷静な母は得意な裁縫で父の帽子を作っていました。

イリノテカンを使うという事は2ndラインですよね。
フルオロウラシル、ロイコボリン、イリノテカンのFOLFOLIなんだと思います。
これでまた様子を診て行きましょう、という事だと思いました。
何せ医師からの言葉は全て父を挟んで聞いていますので、突っ込んだ内容が聞けないんです。

2012.7中旬に投与し、その1ヶ月後はちょうどお盆。
お盆は交通機関が混み合う事や、家族が集まる事を考慮し、父はいつもより少し早く次の抗ガン剤治療を予約していました。それが数えると2週間後に該当し、白血球数が足りずに日帰りです。また一ヶ月後に予約で、次の投与は9月。
つまり、父は2ndラインの投与1回目から2ヶ月放置する事になりました。

さて、初めてFOLFORIを受けた父の髪の毛に異変があったのは投与から1週間後。
「ごっそり抜ける」と騒いでいたようで、電話で父と話していたら
「今日なんて86本も抜けた」と言ってました。数えたのか・・・

お盆に帰省すると、確かに薄くはなってるけど、元々薄いので気になりませんでした。
「なぁーんだ、もっと抜けたのかと思った」と言ったら
「あぁ、嫌だ、波平になってしまう」と嘆いていました。

私はそんな事よりも父の咳が気になりました。
そして、肺のあたりをさすっていた事も気になりました。
今思えば、偶然だったのか、また得意の勘が働いたのか、症状だったのかは分かりません。

自宅に戻ってから母に電話し、
「お父さん、なんか転移とかしてなきゃいいんだけど。肺とか。。。なんかね。。。」
と伝えました。予想は的中です。

以前も書きましたが、私は勘がいい。
理由はありませんがとにかく当たるのです。
でも、こういう勘はもう勘弁して欲しいです。
当たらないで欲しい。

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肺への転移

FOLFORIに切り替えて、1回目の投与から2ヶ月放置。
きっとそのせいで転移したんだと思います。
やはり大腸癌ガイドラインに沿って治療するのが正しい。そして抗ガン剤は癌が増殖する前に投与するから効くのであり、ほおっておくと増癌剤であり投与の意味がないという私の推測も正しかったのではないかと思います。
父の余命がまた少し減りました。

父の転移を知ったのは母からの電話です。
用事もないのに夜に母から電話が鳴った時点で嫌な予感がしました。
母の最初の声「もしもし」が少し明るかったので、父の検査結果に異常なしを期待して「どうした?」と返したところ、声のトーンが急に落ちて「お父さんさ、肺に転移したって」と言いました。
私は「えっ・・・」と言ったまま携帯電話を片手にうずくまってしまいました。
母は強いです。「いつか転移はするんだから。もうなるようにしかならないんだから。あまり落ち込むな、まだどうなるか分からない、新しい抗ガン剤でまた肺の転移が消えるかもしれないじゃない」と私を励ましてくれました。

母の言葉で冷静さを取り戻し、詳しく父の状況を聞いたところ、右肺の下部に6mmの癌が見つかったそうです。
進行癌になった以上、いつか転移する事は覚悟していましたが、転移するなら肝臓にと思っていました。しかし願いは叶わず、肺でした。
不幸中の幸いは、動脈付近ではないという事。そのため梗塞を起こす心配はひとまずないとの事でした。それを聞いた父はパニックになっていたようです。

父が「お母、肺に転移したよ」と母に電話し、母は「ふーん、そう」とかなり冷静な応答をしてしまったようで、それが父を怒らせてしまったようで、母に激しい八つ当たりをしたそうです。
母も冷静を装うのでいっぱいいっぱいで強がった「ふーん」、
父も本当は母に心配して欲しかったから「八つ当たり」
夫婦どちらも辛いんです。
母は気丈にしつつも、少し声が震えていました。それに気づいた私は「まっ、こうなりゃやるだけやってみて、あとは野となれ山となれだね!」と言うと、少し明るい声で「そうだ、そうだ」と言っていました。
母にとって、世間では夫婦として第二の人生これからだという時に、友達も殆どおらず唯一の相棒である父に先立たれてしまうかもしれないという恐怖、そしてまたその現実に一歩近づいたわけで、どれほど苦しい事かと思いました。孤独になる恐怖というのは娘の私でも想像できません。だって私には、父がいなくなっても母がいるから。
もしかしたら、母は父が死ぬ時は、自分も死にたいって思っているんじゃないのかなと思いました。
そして、母が考えている事を全てお見通しなのが父です。
一人になる恐怖を抱える母を残し、また死に一歩近づかなければならず、母を守りたい自分の意志と相反して病が進行し、それが父にとっての恐怖なはずです。
きっと父は、死ぬ事自体はあまり恐怖ではないのだと思います。母一人を残す事が何より辛いのです。だから死ねないし、死なないし、頑張ってるんです。だから転移して悔しくて母に八つ当たりしたのだと思います。
そんな両親に育てられた私は、その両親の願いを叶えてやる事が出来ず、自分の無力さに、ただただ、悔いるしか出来ません。
もっと勉強して医者にでもなっていれば、薬剤師にでもなっていれば、助ける事が出来たのかもしれない。
自分の命と交換出来るならば、一日でも早く父の命と取り替えて下さいと毎日お願いしています。そして、父と母が二人笑って長生きして欲しいのです。苦労ばかりしてきた人達だから。
私の寿命なんていらないのです。どうか父と母に分けて欲しい。

余談ですが、デジタル時計の表示がぞろ目になった時に願い事を3回唱えると願いが叶うという小学生以下の迷信を信じていて、いつもぞろ目になったら3回願っています。「どうかお父さんとお母さんが二人で仲良く長生きしますように。」と。

話は戻って、母との電話で、弟は仕事からまだ帰ってい・転移の事は伝えていないと聞いたものの、すぐに連絡した方が良いと思い、電話して伝えました。
弟も「えっ・・・そうかぁ。」と、気丈ではありましたが辛い様子が伺えました。
家に母一人だったので、仕事を少し早く切り上げて母の側に居てくれたらなと思って。(弟がどんな判断をしたのかは分からないけど、多分早く帰ってくれてるはずです。)


翌日、朝一の新幹線で父は帰宅。
父と直接電話しました。どうやらついに医師から父への余命宣告があったようです。
「このまま1ヶ月に1回のペースではあと1年持ちません。白血球が不足しがちだから2週間に1回は無理だけど、3週間に1回にしましょう」
さらに医師はこう続けます
「来年(2013年)1月まで様子を見て、その結果次第で(FOLFOLIが効かない場合は)、最後の切り札で、新薬を使います。その時は1週間に1回の投与が必用になるので、こちらに通うのは難しいでしょうから、こちらの病院にそのまま入院するか、地元の病院に通われて下さい、その時はきちんと連携を取らせて頂きます。
また、その新薬の副作用は皮膚に重度の湿疹が体中に出ます。」

こんな感じの説明があったらしいです。
つまり、3週間に1回でFOLFOXが効かなければ、3rdラインに移行という事です。
皮膚障害という事だったので、おそらくアービタックスとベクティビックス等の新薬を用いた治療を地元の病院でして、その最中に出血などが見られたり、皮膚障害が重度であれば、抗ガン剤治療をやめて、自宅でゆっくり過ごして、あとは天国。

こんな感じなんだと思いました。
父は頭の回転が早く、理解力もあり、非常に柔軟で、明るく、人の気持ちを思いやれる人間で尊敬しています。ただ唯一の欠点は目先の事ばかり見て先を見ないのです。
だからいつも痛い目に合うんです。
そんな父を見て育ちましたから、おかげで私や弟は十分先の事を見据える性格になりました。反面教師ってやつです。
2ヶ月もほおっておいたから転移したんです。父は自分で自分の寿命を縮めたんです。ばかです。本当に馬鹿な親父です。

父は1月の検査で新薬に切り替える場合は抗ガン剤を拒否したいと言いました。
なぜなら「皮膚障害は嫌」だそうです。
腹にストーマ、頭はハゲ、更に全身ブツブツで化け物になって死ぬのはご免だと言いました。
ですから私はこう諭しました。

「お父さんが嫌なら受けなくていいと思う。でも、新薬を使うという事は今の抗ガン剤(イリノテカン)は使わないのだから、髪の毛ははえて来ると思うよ」
父は「えぇ!!本当?そうなれば話は別だな、考える価値がある」

やはり目先に拘る父の性格は死ぬまで治らなそうです。
結局はとりあえず1月の結果次第だからあまり先の事を考えるのはよそうという結論に至りましたが、おそらく髪が生えるなら3rdを受ける覚悟もそろそろ出来ている筈。

という事で、前より少し禿げたものの、母の手作り帽子をかぶり、相変わらず酒を飲んで散歩して、テレビに文句を言ったりしながら、見た目は癌患者とは思えないほど元気に暮らしています。
ひとまず、ここまでがこれまでの流れです。

2012.11.7

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サプリメントは必用か不必要か

癌に効くとされるサプリメントは無数にあります。
しかし、医師達はそれらを全て否定しています。何故なのでしょうか。
私はそれが不思議です。

医師のブログなどを見ると殆ど同じ事が書かれています。
つまりは「エビデンスがないから」だそうです。
「もし本当にそのサプリメントが有効なのであれば、とっくの昔に製薬会社が開発して治療薬を開発している。それにそのサプリメントで癌が治ったという話を聞いた事がない。例えばアガリスクはキノコの菌の一種で〜・・・(成分の分析)、例えばプロポリスは蜂の〜(成分の分析)、つまり癌に有効的に作用するとは考えられない。」
と結論付けています。

ならば私はその医師に質問したいのです。
「それほど癌に対して有効か無効かを判断出来るのであれば、先生は癌に効く成分をご存知なのではないのですか?」と。
未だに癌に対して何が効くのか分からないのに、「効く」とは言えないものの「効かない」とも言えないはずなのに。だって分からないのだから。

エビデンスがないって言っても、そもそも癌の生存率だって8年近く前のものが最新版で、沢山の病院で臨床実験が行われてデータ化されるわけですよね?
どこぞの民間企業が開発したサプリメントの「エビデンス」」を、サプリメント反対派の医師が集まる病院が協力してくれるんでしょうか?

医師だってその位分かってる筈だと思うんです。
ですから医師がサプリメントに対しコメントできる事は「私は医師としてサプリメントが効くと保証する事はできません」であり、「この成分は効かない、嘘、高額商品を売りつける悪徳商法」とまでバッシングするのが不思議なのです。。。

では何故そこまでして否定するんでしょう?
よく耳にするのは、病院が抗ガン剤で儲けるためだとか(つまりは医師のお給料に繋がりますよね)、抗ガン剤を製造する製薬会社が儲けるためだとか、癌の治療薬が出来てしまえば老人だらけの世の中になって国の負担が増えるだとか、色々言われています。
サプリメントが癌に効かないという事よりも、こっちの方がずっと説得力があります。
だからと言ってこの理論もまた、鵜呑みにしてるわけでもありませんよ。だって何せ「分からない」のですから、「その可能性があるかもしれない」という事です。

バッシング出来るという事は、バッシングする医師ほど実は癌に有効な成分を知っているのではと思ったもりしますし、実はサプリメントが効くと知ってるからこそ、否定しているのではとも思います。
医者が強く否定すればするものほど、医師会を巻き込んで否定するものほど、実は効果がある物質なのではないかと思ったり。
ちょっと違う表現になりますが、「イジメはなかった」と言った「教育委員会」を思い出したりします。頭が良い人程、嘘も保身も上手ですからね・・・
頭の悪い私の妄想に過ぎませんけれど。

少なくとも確実に言える事は、ドラマ「仁」でもあった通り、
江戸時代に蘭方医は口を揃えて「コロリは不治の病」と言い、どんどん人は死んで行ったけれど、「仁」は日常品の塩と砂糖と焼酎で人々を救った。
絶対治らないというのは「現在の医者では治せない」ってだけの事で、普通の人でも「もしかしたら治せる」という「可能性」があるという事ではないでしょうか。
ips細胞なんかも臨床実験が始まるようですし、もしかしたら将来癌の治療薬がある「可能性」もあります。

ここまで書くと、私はサプリメント派で抗ガン剤否定派のように受け取られてしまうかもしれませんが、私は抗ガン剤を不要とは思っていません。
確かに進行がんに対しては延命だけであり、一時的な癌の減少をさせるだけの物質であるというエビデンスがあります。しかし言い換えれば「確実に延命出来る物質」です。

死んでしまってはサプリメントもクソもありません。
「確実に延命出来る物質」を使っている間に、何が出来るのか、私はそこに着目しています。ここで何かをしなければならないんです。そうでなければ「確実に延命して確実に癌を増殖させる物質」を投与されている父は確実に死んでしまいます。これこそエビデンスが物語っています。
更に言えば、「確実に延命出来る物質」には「人体に良くない作用(副作用)」が伴います。これもエビデンスが物語っています。ならば、それを制御したり軽減させる事をするためにはどうしたら良いか?患者本人がいかに「辛くない延命」を行いながら、その間に「何かをして癌を治して」行く事が出来れば、それこそが「完治」、つまり現代での「奇跡」ではないでしょうか。奇跡は勝手に起きるものではなくて、自分の手で起こすもの。

癌先進国のアメリカでは、癌患者の実に9割が何らかのサプリメントを補給しているそうです。
そんな事も頭に入れて、色々と考えた個人的な結論として、私はサプリメントは「有効である可能性がある(無効である可能性もある)」と判断しています。
もしかしたらどんなサプリメントでも有効かもしれませんし、ある一定のサプリメントだけが有効なのかもしれませんし、サプリメントに含まれている一定の成分が有効かもしれません。はたまた医師達の言う通り全て無効かもしれません。
でも、抗ガン剤を受けている間に「何かしないといけない」んです。
ならば、サプリメントに限らず、やれるものは全てやってみようじゃないかと思っています。

これを読んでいるあなた様はいかがでしょうか。
私の意見に真っ向反論でもいいんです。私は私の考えで、あなた様はあなた様の考え、ただそれだけです。だって「分からない」のだから。

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フコイダン

以前の記事に記載した通り、大学病院での精密検査を受けたり、その診断結果を待ったりしている間、父には投薬の一つもありません。風邪でも薬が処方されるのに、癌の父にはせいぜい便を出すための「マグネシウム」が処方されるだけです。

当然患者本人も、その家族も焦ります。
早く治療を開始したい、早く手術したい、何でもいいから早く医師の手に掛かりたい。
そう思ってもすぐには治療してもらえず検査結果を待つ日々。

こうして待っている間にも父の癌は進行します。
少しでも癌に対して働きかけたり、父の心を動かせるものはないかとインターネットを駆使して調べていると、「フコイダン」というものが良いと見ました。

さてそのフコイダンですが、つまり海藻エキス。
そういえば、以前テレビショッピングか何かで「コレカットレモン」という飲料水が体に良いと売られているのを見た記憶があります。あれも確か昆布成分だった事を思い出しました。

父にフコイダンの話を持ちかけると、
「そういえば、職場で食道癌になった人がいたんだけど、フコイダンだったか何だったか、そういう名前のものを飲んで病院に精密検査を受けに行ったら癌がなくなっていたそうだ。とても喜んでいた。一升瓶で凄く高額だと言ってた」と言っていました。
母にも聞いてみると、「フコイダンはいいらしいよね、よく聞くよ」との事。
弟にも聞いてみると、「そういえばお客さんでフコイダンで癌を治した人がいる。」との事。
よし、私の中でのエビデンスは揃いました。

とは言っても、フコイダンにも色々な種類があります。
低分子が良いだとか高分子だとか、さっぱり分かりません。
そこで、生の声が書き込みされている某巨大掲示板に行ってみると、「あそこのフコイダンはだめ、ここのもダメ、ここのは結構マシ、基本全部ダメ」とか、フコイダン販売業者の裏事情とか色々書いていました。

その某巨大掲示板に書かれていた事や、自分なりに色々調べた結果、食道癌、胃癌、大腸癌などの消化器系の癌には直接液体成分が触れるので有効ではないかと私なりに勝手な解釈をしました。
そして思い切って買ってみたのがシーフコイダンという商品でした。
フコイダンの中でも、シーフコイダンは水雲から抽出されたもののようで、低分子がどうだとか。あとはビタミンとミネラルが適当に配合されているものです。
あとはもう勘。そう、私の勘は当たるから。
効かなくても、体に害がないならいいじゃないか。とりあえず何かを飲まないと。
そう思いながら注文。

翌々日には商品が到着。「お父さん!抗ガン剤が届いたよ!」と一升瓶片手に父にすぐに渡しました。付属のパンフレットには、チェッカーズの人がシーフコイダンで癌を治したとかインタビュー記事が特集されていて、沢山の「これで治った記事」が記載されていました。
少し胡散臭さも感じたりもしたけど、今の私たちにとっては胡散臭い商品にしか頼る事が出来ません、さぁ!飲んで!お父さん!

ゴクゴク・・・母と私が注目する中父はその液体を飲み
「・・・うん、昆布だな、まだ飲めるがうまくはないな。」
昆布っぽい味がするんだそうです、
ドロ〜っとした茶色と緑色を混ぜたような液体で、私は匂いをかいだだけで「げ〜くっせ〜」と顔を背けてしましました。

それでも大金はたいて買ったんです、少なくとも一升瓶は空けてもらいましょう。
一回100ml程度を目安に、朝一番で喉がカラカラの時と、夜寝る前に飲んでもらう事にしました。

2日目、父が言うんです。
「なんか体がぽかぽかする。あと、目覚めがいい」
あら?フコイダンが効いてるのかな?なんて半信半疑どころか1/5信4/5疑でした。

数日後、「なんか腹が減る」
食欲がなかった父だったのに、少しずつ食べるようになってきました。
あら?フコイダンが効いてるのかな?2/5信3/5疑でした。

数日後、「体が軽い、昔の体に戻った感じがする」
ようやく半信半疑になりました。

医師に言えば「そんなの無駄、気のせい」って言われるだろうねと家族で話し、医師には伝えていません。こんな感じで、2011.2からずっと毎日飲み続けてもらっていますが、我が家での効果は今の所

・不思議な事に食道がんが消えていた
・抗ガン剤の副作用による吐き気が全くない
・食欲旺盛で抗ガン剤中なのに15キロも太った
・体重が落ちない
・ストーマでのかぶれが全くない
・背中にあったブツブツが知らぬうちに消えていた
(ちなみに私の夫も皮膚が弱く背中にブツブツがあるので一升瓶を空けてもらいましたが、夫には全く効きませんでした。)
・毎日飲むので味に慣れて不味いとしか思えなくなる
・財布が痛い、家計が苦しい



とこんな感じです。
父はせっせと朝晩に飲んでは「まじぃ〜!!!」と叫んでいます。
抗ガン剤治療の時にもペットボトルに入れて持って行っています。

弟は「ぜってぇ〜親父が生きてるのはフコイダンの効果だって。そもそも考えてみろよ、あの体の弱い親父が抗ガン剤受けてる事が既に奇跡」

確かにそうなんです。
父は元々皮膚も弱く、免疫もなさそうなタイプですぐ風邪をひくし、虚弱体質で、更にアスピリン系薬物アレルギーを始めとして数々のアレルギーがあります。
それでもこうして副作用も少なく抗ガン剤を2年近くも受け続けていられるという事は、家族としては奇跡であり、良くして下さっている病院にも感謝ですが、確実にシーフコイダンという商品には効果があると思っています。

それと、抗ガン剤を受ける前から飲んでいた、というのがポイントのような気がします。
抗ガン剤の副作用というのは一度出てしまうとまた出やすくなるというのを見かけました。
例えば「吐き気があって食事が取れなくなって、探したらフコイダンを知った」とかそんな状態でフコイダンを飲んでも、あまり改善がみられないかもしれないのでは?と勝手に思っています。
あとはやはり体質に合う合わない、効く効かないはあると思いますし、海藻系のアレルギーのある人は注意です。


フコイダン】★★★★★
消化器系の癌で、かつ抗ガン剤治療前から飲み、朝一番と夜寝る前の「水分吸収したいと体が思ってる時」に出来るだけガブ飲みするのが良い気がします。
一番の効果は食欲が出る事。食べる事が癌を治す第一歩です。
でも無理に飲んだり(飲ませたり)、効かないと思いつつ続けたりするのはお金の無駄使いなのですぐにやめて下さい。とりあえずかなり高いので。


※シーフコイダンは未開封でロットナンバーもある、見分けのつかない偽物が多く出回っているようです。
本物かどうか確かめたくて、シーフコイダンの製造元(堀内FCC?だっけ?)に電話をした所、製造のみで販売については別の会社に委託されているという事で、別の会社の電話番号を教えてもらいました。(東洋?東海?商事?なんかそんな名前の会社だった気がします)
すると男性の方が出て、購入店を調べてくれました。
私は楽天内で一番安い所で購入していますが「あ〜、凄く安く販売している所ですよね?何件か問い合わせがあったんですよ、そこは正規店ですよ」と言われて安心しました。
もっと不安なら、裏ラベル(ロットナンバーが書かれている所)を写真で取ってメールで送って下さればすぐに判断できますよ、という事でした。
不安な方は、電話確認が一番です!

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紫イペ

以前の記事に記載した通り、父は毎日シーフコイダンを飲んでいるわけですが、1本ずつ買うとすぐになくなるのでまとめ買いをしていました。
私が購入していたショップでは、まとめ買いをするとオマケで紫イペがついてきます。

アマゾンだったかどこかの木が原料で、害虫から身を守るため、樹脂の中に豊富な殺菌・殺虫成分を含んでいるそうです。それにビタミンやらミネラルが適当に配合されているらしいです。ガンジーも飲んでいたとか。本当かいな(笑)
私が知る限りでは、「お茶・粉末・錠剤」があります。

父曰く、シーフコイダンは「効く!」という感じがあったらしいですが、紫イペは謳い文句が(アマゾン・木・オマケなのに15000円という根拠がなさそうな価格)さすがに胡散臭さ満載だったようで、あまり飲む気になれなかったようです。
かといって、捨てるのもしのびなく、フコイダンを注文するたびに未開封の紫イペだけが溜まって行きました。

私が実家に行った時、何個も紫イペが戸棚の中にまとめておいてあったので、
「せっかくだから、飲んでみりゃいいじゃない、悪いもんじゃないでしょ」
と言ったのをきっかけに、母が飲み始めました。

(母は糖尿病を患っています。といってもインスリンを自己注射するわけでもないし、ごく少量の内服薬だけで、数値も標準と同等に安定しています。
糖尿病は血液の癌とも言われるそうです。癌になる確立が普通の人の17倍。いつ癌になってもおかしくない体です。)

一ヶ月くらいたった頃でしょうか、母から電話がありました。

母「ちょっと〜、あのイペって本当にいいの?凄く太るんだけど・・・腹が減って食べちゃうよ、お母さん無理だわ、やめるわ〜、あんたが飲めば?」
私「えー、太るならいらない。笑」
母「じゃぁどうするのこれ」
私「お父さんに飲ませれば」
母「お父さん、飲まないって」
私「じゃぁ、破棄だな」

って事で我が家ではイペ服用はやめました。
糖尿病の母にはあまり良い作用はなかったようです。
・・・って、でもあれ?

・お腹が減る
・太る

これは抗ガン剤治療中の癌患者には良い知らせかもしれません。
フコイダンも同じような作用がありますが、私の知ってる紫イペは錠剤なので「マズイ」思いをしたくない人は良いのかも??

紫イペ】★★★
父が飲んだわけではないのですが、母が飲んだ場合、食欲が出て太ったようです。
いずれにせよ、無理に飲んだり(飲ませたり)、効かないと思いつつ続けたりするのはお金の無駄使いなのですぐにやめて下さい。とりあえず紫イペも高いので。

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深海鮫肝油(スクワラン)

以前の記事に記載した通り、父のマーカー値が上昇している事がとても心配でした。マーカー値上昇の原因で考えられる事は色々あります。父の場合は、

・原発巣の癌が大きくなってきている
・リンパ転移箇所が増えてきている
・その他の転移がある
・抗ガン剤(エルプラット)をやめたから

いずれにせよあまり良い状態ではありません。
更に抗ガン剤変更という話がありました。今までは5FU、ロイコボリン、アバスチンなど、いわゆる抗ガン剤の中でも初級編のものを用いてきたし、免疫もついてしまったわけで、中級編(イリノテカン)に切り替えれば、また新しい副作用が出る確立がかなり高い。
絶対的に避けたいのは「吐き気」と「食欲減退」です。
フコイダンも飲んで現状維持なのだから、何か追加するしかない。

そこで、また色々と調べ始めた所、スクワレンという成分が癌に効くとの情報を得ました。
しかし、スクワレンと調べてもあまり商品がなく、スクワランならあるのです。
スクワレンとスクワラン、名前は似ているけれど何が違うのか?とまた調べた所、スクワレンに水素を足して還元したものがスクワランだそうです。

・・・よく分からないけど、「ロング、ロンガー、ロンゲスト」的に「スクワレン、スクワラン」なんだろうなという解釈をしましたが、スクワレンとスクワランの効果が微妙に違うので、いまいち釈然としないまま。

さて、スクワランには植物性と動物性があるそうで、植物性はオリーブオイルから抽出され、動物性が鮫肝油から抽出されるそうです。
スクワランというのは、元々人間の体内にも存在するそうなのですが、歳を取るごとに減少する成分との事。そのため、植物性のスクワランなどはアンチエイジングや殺菌効果を期待されて美容液の中に入っているそうです。動物性のスクワランは、ご存知の通り、鮫パワー!とか、鮫は病気知らず!とか、そういうやつ。

癌というのは、いわゆる「年寄病」なので、若返らせる成分を与えるのは良い事なんではないかと勝手な解釈をしました。

さて、鮫肝油にも色々あります。
価格も数百円〜数万円。一体何が違うのかと成分を見比べてみると、「オメガ3」とやらの含有成分とその質(人体に吸収されやすいようにしてる)によって価格が異なっているのかな?とこれもまた勝手な解釈。

そこで私は、オメガ3が含まれ、更にスクワレンとスクワラン両方が含まれるものを探しました。(こうなりゃ全部入っている方がいい)
でも、既にフコイダンで相当なお金を使っているので、それ以上に高いものを買う事ができず、色々調べて、1瓶3000円前後のものにする事しました。

早速購入し送りました。
毎日飲んでもらっていますが、抗ガン剤をイリノテカンにしてから、脱毛が見られるようになりましたが、その他はありません。
また、血液検査でのガンマGTPなど、肝臓関係に関する数値がとても良くなっていました。
多分、効いてます。
でも、肝臓を強力にしてしまったせいで、肝臓に転移しようとした癌が肺に行ったのかな・・・なんて思ったり。


鮫肝油】★★★★
肝臓がんを始め、転移先に肝臓が上がる癌(大腸癌など)を患っておられる方には有効と見た。あと、腎臓にも良い働きがあるのか?糖尿病の人にも良いそうです。

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プロポリス(フラボノイド)

楽天で年に1回?のスーパーセールがあった時、いつもシーフコイダンを買っている店より安く出ていた店がありました。
更にオマケにプロポリスがついて来るとの事。
とにかくシーフコイダンはぼったくりな高い値段で売られていますので、少しでも安く購入しようと、いつもとは違う店で購入しました。

ついてきたプロポリスは液体のもので、割と高額なものだったようです。(液体、カプセル、錠剤などあるようです)
プロポリスというのは、私の解釈だと、「ロング、ロンガー、ロンゲスト」的に「ハチミツ、ローヤルゼリー、プロポリス」って感じじゃないかなと。
ミツバチが植物から採取した成分で、蜂の巣(女王蜂)を守るために出来た強力抗菌剤?みたいなものらしい。フラボノイドやアミノ酸がメインで、あとは人体に吸収されやすいように適当にビタミンやミネラルが配合されてる。
フラボノイドってのが免疫向上に役立つそうで・・・と、凄く効くよって事でした。

とりあえず飲んでもらいました。
液体だったので、お茶などに数的垂らして飲んでもらい1ヶ月。
父の場合はその後にマーカーの数値が急に上昇していました。
これは偶然に上昇したのか、プロポリスを飲んでいなければもっと上昇していのかもしれないし、はたまたプロポリスのせいで上昇したのか分かりません。

ただ、父は気になる事を言っていました。
「なんか、胃が悪くなった感じがする」

多分、父には強すぎるのだと思います。
食道がんをやる(過去の記事参照)くらい、胃の状態もあまり良い人ではありませんので、殺菌しすぎて炎症を起こしたり胃酸過多になった可能性もあります。
マーカーというのは炎症にも反応しますので・・・
って事で、我が家ではプロポリス服用はやめました。仮に効く成分であったとしても、本人が効かないと思ったものは即やめるのが我が家のやり方。


あと、私の勝手な妄想ですが、プロポリスというサプリメントは、結構昔からあります。
特に昭和前半生まれの方々は知っている方が多いようです。(私の両親が「昔流行ったよね〜」って言ってたので)
それなのに、最近ではプロポリスで癌を治したという記事をあまり見かけないのです。
という事は、プロポリスについては「未知」ではなく「効かないというエビデンス」があるのでは?とも思ったりもするんですが・・・謎です。


【プロポリス】★★
胃の状態が健康で、かつ細菌感染などしている人に良いと思います。
無理に飲んだり(飲ませたり)、効かないと思いつつ続けたりするのはお金の無駄使いなのですぐにやめて下さい。プロポリスも結構高いです。また、蜂関係のアレルギーがある方は気をつけましょう。

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枇杷茶・甜杏仁(アミグダリン)

2ndラインの抗ガン剤を受け、現在続けているサプリメントはシーフコイダンと深海鮫肝油。
この状態で以前の記事にも書きました通り、肺への転移が見つかりました。

更に何か加えなくては。そう思い、またネットを調べ始めます。
シーフコイダンも鮫肝油も、あれもこれもとやっていると、お金が続かない。プロポリスはイペはあまり効果がない。
こうなってくると気分は研究者です。癌に効く成分とは一体何なのか。
そう思いながら行き着いたのが「枇杷」でした。

枇杷の葉や枇杷の種の中にある仁に含まれるアミグダリンという成分が良いそうです。
嘘か本当か、こんな内容の記事も目にしました。↓
中国で「杏仁豆腐」というものが癌に効くと噂された。杏仁というのは読んで字のごとく「杏子」の「仁」。それをアメリカの企業が真似して杏仁を販売した所、癌患者が飛びつくように買い出した。しかしアメリカの製薬会社にぶっ潰されてしまう、理由は「癌に効いてしまったから」。結果、製薬会社がその杏仁の成分から研究し開発したのが「TS-1」という抗ガン剤だとか。

・・・ホントかいな?
でも、実際にリトリール事件という名前で記録があるようで。

他にもこんな記事。
世界一、癌が少ないと言われる島(名前忘れました)がある。その島では毎日の食事に杏子の種から抽出された杏子油や、アーモンド油、オリーブオイル(以前の記事でも紹介した通りオリーブオイルには植物性スクワレンが含まれてます)などを使っているとの事。
つまり、アミグダリン成分を多く摂取している事で、癌がアポトーシスしているんじゃないかって事らしい。
反面、そういった島々では医療というものの発達が乏しく、癌という診断がついていないために癌患者数が少ないだけであるという医師達の反論も見かけました。

うーむ。民間サプリ会社と研究者と医師との戦いですな。
まぁいいさ、何でも試してみるべ。

早速枇杷の茶を探すと、数百円〜数千円で売られていました。
アミグダリンの含有量を調べてみた所、本当にごくごく少量で、癌に有効と言われる量の何万分の一程度。つまり気休めって事なんだなと解釈。

でも、だからと言って気休めも馬鹿に出来ません。
普通のお茶やお水には含まれない成分が入っている事は確かですし、毎日飲み続ける事や、効くと思って飲む事、癌に対する不安感・ストレスの緩和を「日常の摂取するお茶」で出来るのですから、良いじゃないですか。

枇杷関係は中国産が多いのですが、このご時世ですので中国のものには何が含まれているか不安な所もありますから、知恵だけを拝借して、国産で無添加のものを選びました。

父には一応成分や効果をした上で「気休め程度だけどね」と送ったのですが
「こういう気休めが一番効くんだよ」
とても喜んでました。フコイダンの方がかなり高いんだけど、喜ばれるのはお茶でした。(汗)
全く癖もなく普通のお茶。との事です。

更に、それでも本当に気休めになっては困ると思ったのと、杏子の仁がいいなら杏子の仁は売ってないかと探した所、ありました、「甜杏仁」。
杏仁豆腐に使われる原料で、それこそ効くとされた成分です。
確かに枇杷茶よりはアミグダリン含有量が多いですが、これもまた一度に一袋食べてしまったとしても癌には到底抵抗できないであろう含有量。
でも、枇杷茶とのタッグでどうにかならんかと思って、これも送りました。

父曰く「まじぃ〜」だそです。
母も「まじぃ〜」だそうです。
杏仁豆腐の香りはするそうですが、あまりおいしくないようで、何か調理しなくては頂けないそう。
仕方なく、母が杏仁豆腐を作ってくれたようです。ありがとうお母さん。
お父さんは甜杏仁の効果よりも、母が杏仁豆腐を作ってくれた事が嬉しかったみたい。
「お母が杏仁豆腐作ってくれたんだよ。おいしかったよ〜!!って大きい声で言ってお母に聞こえるようにしないとまた作ってくれないから大きい声で言ってます」だそうです。(笑)


枇杷茶甜杏仁】★★
アミグダリンの成分を利用して癌細胞に直接有効かと言えば、無効に近いようです。
でも、間接的な問題で、生活の中に取り入れる事によって、「癌なんだ」と思う瞬間などにすぐに飲む事も出来るし、少しでも効くと思って取り入れる事で安心できます。
癌患者やその家族が一番嫌なのは「無治療」ですから、そういった面で良いと思います。
また、患者本人だけでなく、家族もかなりストレスが溜まりますから、健康維持としてみんなで飲むのにとても良いと思います。
アレルギーなどの報告はあまり見かけませんので、一般的な方なら大丈夫だと思います。
お茶も比較的安価(数百円〜数千円台)で手に入りますし、甜杏仁は2000円程度です。
お財布にも優しいので、「健康維持として」少なくとも価値はあると思います。

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温熱ラジウム療法

民間療法で一番有名なのは「免疫療法」です。
体内にある免疫を上昇させる事で癌に打ち勝とうと頑張る事を目的としています。

免疫をあげるためにと、これもまた様々な療法があります。
その中でも良く見かけるのがラジウム療法。
ラジウムというのは、ごく微量の放射線物質で、その放射線物質を体が受ける事により、免疫を向上させようという働きがあるそうです。

ラジウムが含まれる事で有名なのがラジウム温泉。
秋田玉川温泉などを始め、ラジウム温泉での岩盤浴(湯治)などが有名です。裸の状態で直接ラジウムを浴びる事で効果があるとか。
更に温泉というのは当然ながら体温をあげますよね。体温が上がれば血流が良くなり、細胞の活性化に繋がります。つまり免疫力アップ!に繋がるらしいのです。
ご存知の方も多いと思いますが、癌というのは45度でアポトーシスするのだそうです。癌の種類によってはそれ以下でアポトーシスするものもあるそうで、体温を上げる事も着目されています。「体温を1度上げるとこんなに変わる!」とか「体温を1度上げて癌撃退」とかそんな本もよく見かける位です。ですからラジウムと温熱のタッグで更に相乗効果を狙う訳です。

という事で、本当ならラジウム温泉での湯治を勧めたいのですが、父はストーマ。
周りの方も見るでしょうし、本人だって周りの目も気になりますし、せっかく癒されに行くのにストレスが溜まってはいけません。

そこで、自宅などで手軽にできる温熱ラジウム療法はないものかと探しましたら、ありました。
また高額(笑)
ラジウムマットとか、ラジウムを発光するストーンだとか、ウン十万単位。
それでも効くなら買ってやるかとも思いましたが、写真が微妙(笑)
何十年も前の広告みたいな感じ?で、胡散臭さ度500%。
そんなものにウン十万よりなら、もっと手軽に何かないかと探して行くと、先にも書きました通り、秋田玉川温泉など、ラジウム温泉の素が売られているんです。
ラジウム鉱石を加工したような製品で、本当にラジウムが出ているのかどうか分かりませんが、家のお風呂に入れて使うだけらしい。うん、これなら手軽。
数千円で売られていましたので、購入して早速送りました。

早速使ってもらった所、特別目立ってコレ!という効果が分からないそうですが、なんとなく体がぽかぽかするような感じだそうです。
気休め程度かもしれないけど、いいじゃん。
母は「お湯が柔らかくなる」と言っていました。口コミを見ると、確かにそうらしい。
何がどう作用しているのか分からないけど、いいなら良かったよ。

玉川温泉の素】★★
繰り返し使えるので、気休め程度ですが良いと思います。
ただ、本当にラジウムが出ているかは不明。放射線測定器をお持ちの方は計ってみるのも良いでしょう。
「温泉の素だから」と思って普段よりゆっくりお湯につかる事で体温上昇に繋がるという事もあると思います。ラジウムのおかげか、はたまた長湯だからか分かりませんが、結論としてポカポカするならいいじゃない!




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温熱療法(自己流)

以前の記事にも書きました通り、温熱療法は免疫向上に役立つとの事。

体がポカポカするにはどうしたら良いのかな?って考えたんです。
温めると言っても、例えば暖房器具で室内をガンガンに暖めた場合、室内の床付近と天井付近では全く温度が異なりますよね。よく足先だけが冷えて、顔は真っ赤になる。
心臓はバクバクしてくるし、あまり体に良くないのは身を以て体験しています。
更に父は高血圧の持病まで持ち合わせているので、急激な心拍数の上昇は良くありません。

整体とか整骨院とかの情報を見ていると、効率良く体を温めるためには「骨盤」の中を温めるのが一番良いとされているようです。
体内の中心部を温める事によって、じんわりと体が温まるので心拍にも悪影響なく体を温める事が出来る。そしてじんわりと汗も出る。じんわりと体温が上がる。いいじゃない〜!

骨盤と言えば、父は骨盤内リンパに無数の癌があります。
あと、原発巣(直腸癌)が大きいので、座ると肛門のあたりが痛いんだそうです。(痛いという事は血流が悪いからなのか?癌が浸潤して神経を触っているのか?)
うむ、これを組み合わせるには?
座った時に痛みを和らげて、骨盤の中を温めるには???

という事で、チョー安易な発想をしました。
座る椅子にホットカーペットみたいのがありゃいいんじゃないかなと。
そしたら適温をキープしたままお尻全体を温めるから、骨盤の中も温まるんじゃ?原発巣の痛みも和らぐかもしれない、体温もじんわり上がるかも。

そう思って探したらありました。
ミニホットカーペット。
普段座る椅子に敷くだけだし、送料込みで2000円弱。電気代も殆どかからない。

早速購入して送ってみた所、
父は「これはいい!かなり塩梅がいい!癌(原発巣)の座った時の痛みも和らぐし、ポカポカするからじーんわり汗をかくんだよな、これはいいよ!」
とかなり気に入ってくれました。

ちなみに知り合いの医師にも確認を取りました。
「原発巣の血流を良くする事によって、逆に癌が増殖するとかありますか?」と。
そしたら「あははは、その位なら全然大丈夫だよ、その考えならば、南国に住む人は癌が進行しやすいって事になっちゃうからね、そんな事ないから大丈夫」
あっ、そっか。安心。

もっと早く買えば良かった。
直腸癌の方、痔のある方、冷えの気になる方はぜひお試し下さい。
これだって立派な温熱療法じゃ!

ミニホットカーペット】★★★★★
夏は無理ですけど、秋冬春など肌寒い時期にぜひ。
普通に健康な人でもお尻が温まるのはとても心地よく思うようです。
ストレスの緩和、痛みの軽減、体温キープに。



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大腸癌を完治させる(掲示板)

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プロフィール

HN:
わんわん
性別:
女性
自己紹介:
30代の兼業主婦です。父を救いたい一心で癌について日々情報を集めています。誤字・脱字・文章の読み辛さ等はご勘弁下さい。何せ昔から国語が大嫌いなので(笑)

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