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大腸癌末期を完治させる

ある日突然62歳の父が直腸癌末期と診断されました。娘として父を絶対に救います。

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再検査

父と母を見送り、暫く駅のホームで泣いた後、流れる涙を何度も手で拭いながら駐車場へ向かい、車に乗ってまた暫く泣きました。
少し冷静になってから弟に電話し、父と母が無事に出発した事と予定到着時刻を伝えました。
弟「そうか、分かった。お疲れ・・・。あとは先生に任せるしかないよな・・・、俺らも今のうちに体力蓄えておかないといけないから、あまり考え込むなよ。」
辛いながらも毅然とした態度、やはり男は強い。弟のお陰で帰りは冷静に運転する事が出来ました。

次に向かう先はスーパー。慣れない土地では買物もすぐにはできないでしょうから、身軽な荷物で行った母のために、食料や備品などを買い揃えて送るためです。
母にとっては人生初めてのアパート生活に備えて、必用であろうものを買い込み、段ボールに詰めて送りました。私が出来る事はここまでです。あとは先生にお願いするしかない。

その頃、元気な声で「無事に着き、googleでの事前学習のかいもあってすぐにマンスリーアパートに辿り着いたよ」と母から連絡がありました。病院の場所も大丈夫との事。どこかしら都会に出て興奮し、案外都会でも生きて行けそうだと安心した(若干旅行気分の)母の声。父の癌はどこへやら。
さっきまでの涙はピタリと止まりました・・・。ま、ひとまず安心だけど。

さて翌日。
父と母は不安ながらも病院へ向かうと、既に先生が受診予約を入れて下さっていたようです。田舎者の私たちにこれほどまで良くして下さり、本当に感謝です。
父曰く「とても腰の低い優しそうな先生で、凄く安心したよ。“遠い所からありがとうございます、さぁさぁお掛け下さい”ってさ。やっぱり都会と田舎じゃぁ医者の対応が180度違うなぁ」と言っていました。
そして無事に入院となりました。

母曰く、父の入院するベッドの名前の箇所に、赤いペンで「緊」という字が書かれていたそうです。
地元の大学病院ではのらりくらりと1ヶ月以上かけて行った精密検査でしたが、その名門病院では緊急扱いで検査をして下さり、3日間で精密検査が終わったそうです。

そう、父は既に腸閉塞になっていたんです。だから緊急の「緊」だったんです。
地元の大学病院ではその位は分かっていただろうに、1ヶ月も検査にかけて、更に2ヶ月待ちをさせようとしたんです。もし鵜呑みにしていたら、父は手術の練習台になってあとは死ぬ運命でした。
この病院を選んで良かった、本当に良かった。
無事、1週間後には手術という事になりました。

拍手[38回]

コメント
1.質問でございます 三輪さん (2014/05/26 14:51)

突然の質問失礼致します。
母が直腸癌末期と診断され、手術不可能、余命半年から2年と言われてしまいました。
なんとかならないものかと思っております。
貴殿のブログ読ませて頂き、大変な良い病院・お医者様に巡り合われた箇所を拝読致しました。もし可能でしたら、その病院のお名前などご教示頂ければ幸いです。
何卒よろしくお願い致します。

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自己紹介:
30代の兼業主婦です。父を救いたい一心で癌について日々情報を集めています。誤字・脱字・文章の読み辛さ等はご勘弁下さい。何せ昔から国語が大嫌いなので(笑)

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