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大腸癌末期を完治させる

ある日突然62歳の父が直腸癌末期と診断されました。娘として父を絶対に救います。

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初めての抗ガン剤を終えて

3日間の抗ガン剤を無事終えました。
冷たいものを飲むと喉にグッと来るような感覚以外は特に変化はないとの事。
次の抗ガン剤は2週間後です。

父がこのまま入院して次の抗ガン剤まで待機するのは、ある意味病院にいるという事で安心ではありますが、マンスリーアパートの家賃も半端ないのです。
更にあの原発の爆発映像。
実家に弟がいる事を考えると、父と母を連れて帰った方がいいのではないかと思いました。

しかし、震災により各種交通機関が使えない。
地上がダメなら空の便です。
私は自営のため、仕事のメールを受信し簡単な受注は対応出来るようにパソコンを持って行っていたのが幸いで、急いで飛行機の予約を取る事にしました。
それでも既に予約はいっぱいで、幸いにも14日の座席が空いていたので、14日午前に一時退院し、体力がないであろう父や、荷物が多い事を考え、タクシーで羽田空港へ向かいました。

私たちが田舎から来た事を知ったタクシーの運転手さん。
病院から乗ったので「お見舞いですか?」と尋ねられて、いえ違いますと答えると、大きい病気だと察してくれたようで
「本当なら観光なんかもして行かれたら良かったのですがこの震災ですからね」と、運転手さんは「ぜひ次に来る時は観光できたらいいですね」と。
あそこは名門ですから、色々と大丈夫ですよ、といった事をお話してくれました。
運転手さんの心遣いに感謝しました。
便も聞いて下さり、その便の一番近い入り口まで送り届けてくれました。

便の時間まで余裕があったので、ラウンジを利用して休憩しました。
母はトイレに立ち、父と私二人で大きなテレビで震災の報道を見ていると、父がポツリ。
「今年は色んな信じられないことばかりが起きるよ」

ん。だね・・
言葉に詰まりました。
癌、ストーマ、抗ガン剤、都会の病院、震災。そして今いるのは空港のラウンジ。
無縁と思われていた事が次々と襲ってきたのです。信じられないよね。
家族より誰より、やはり本人が一番辛いんです。
黙って震災の報道を見て、トイレから戻った母と談笑する父を眺めていました。

無事到着し、事前に予定していた通り空港には
弟と主人がそれぞれ迎えに来てくれていました。

じゃぁね、お互い気をつけよう、と言って父と母は弟の車で実家に、
私は主人の運転する車に乗って、帰宅しました。

どっと疲れが出ました。
雪が凄かったです。



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わんわん
性別:
女性
自己紹介:
30代の兼業主婦です。父を救いたい一心で癌について日々情報を集めています。誤字・脱字・文章の読み辛さ等はご勘弁下さい。何せ昔から国語が大嫌いなので(笑)

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