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大腸癌末期を完治させる

ある日突然62歳の父が直腸癌末期と診断されました。娘として父を絶対に救います。

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旅立ちました

2011年1月、父が大腸癌(直腸癌)末期を診断されてから、早いもので2年10ヶ月が経過しました。

2011〜2012年
癌が発覚してからの2年間は、名門病院に御世話になり、大変元気に過ごしました。
(田舎に住んでいるので、毎月新幹線で通いました)

2013年1月
抗癌剤を2年も打ち続けた事で体力が低下したのと、父のモチベーションの問題で、新幹線での通院が辛くなり、父自身の判断で地元の病院に転院しました。1月は本来なら名門病院で検査予定だったのですが、転院のために検査見送りとなりました。
転院の際も名門病院は大変協力的で、地元病院との連携を希望して下さったのですが、地元病院に拒否されたため、仕方なく全て地元病院の御世話になる事にしました。

3月下旬
座って居られない程の酷い腰痛を訴え地元病院に行きました。
地元病院ではPETなどの機材がない事や、直接CTの機材が古いようで、検査に時間がかかりました。結果、骨転移が発覚しました。
先述した通り、本来ならば名門病院で1月に検査予定だったので、その時に検査していれば然程痛みを感じる事なく治療する事が出来たのですが、発覚した時には、既に背骨の一つが溶けてなくなっていたようで、酷い痛みが出ていました。
すぐに放射線治療を始め、その間の鎮痛としてオピオイド(オキシコンチン、レスキューでオキノーム)の投与がありましたが、素人の私が見ても量が異常に多かったです。
今振り返ると、この検査の遅れが父の寿命を大幅に縮めたように思います。


医者は「末期癌患者の痛みを取り除くのが仕事である」と言い、オピオイドには投与量に上限規定がない事からも、父が「痛い」と言うとすぐに増量されました。
健康な人でも、ずっとベッドの上に寝ていれば、寝返りをする時に痛いと思う時はある筈ですが、医者や看護師はそれをもオピオイド増量理由の対象としてしまい、最終的には異常な投与量でした。
あまりに酷く抗議をしましたが、抗議した時には時既に遅し。結果、短期間の投与だったにも関わらず、「せん妄」の症状が残りました。
「せん妄」とは、簡単に言うと認知症のような症状です。(父の場合は)普通の時と、せん妄症状が出現する時がありました。


父自身が(普通の時に)言っておりましたが、少しでも痛いと言うと看護師に薬を飲まされるのだそうです。あまりに薬をくれるので「こんなに飲んでも大丈夫なのか?」と尋ねると、「いくらでも増やせるし、安全な薬だから、痛くなったらいつでも言って」と言われたそうです。
私からオピオイドの説明を聞いた父は、そんなに危ない「麻薬」ならば、飲まずに我慢したのに!と言っていました。
早く退院したい父は、せん妄症状が出ると、何度も病院から抜け出して、自宅に帰ってきたり、数十年前の話しを今日の事のように話したり、会話が全く噛み合なかったり、おかしな事で怒ったり、、、と正直、酷かったです。


ようやく放射線治療が終わり、オピオイドの量も減り、退院する事が出来ましたが、やはり少しの「せん妄」が残ってしまいました。
同居している母と弟に対して、我がままが酷くなり、子供に返ったようになりました。
「せん妄」は、症状が出現する時は理性を失うようで、力加減も分からなくなります。
父の場合はとにかく外に出たがり、勝手に外出しようとしました。母がそれを静止すると、凄い力で母の手を振り切って、外に出ようとしていたそうです。

5月上旬
退院してからは食欲も殆どなく、食べられず、どんどん痩せていきます。退院から1週間程度経過した頃でしょうか、ある日、手足の小刻みな震えと共に、高鼾をかいて眠ったようで、異常な鼾を心配した母が、救急車を呼び、病院に運ばれました。
このまま死ぬのかと思いましたが、検査途中に目が覚めて暴れたようで、検査は中断になりました。医者が言うには、食事をしなかった事による低血糖の症状だったのでしょうとの事。1週間程度の入院で様子を見て、良ければ退院予定となり、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間。
家に帰りたい父は病院で暴れ、看護師さんに暴力をふるってしまい、やむを得ず手足を縛りましたが、それでもダメで、ドルミカムという麻薬(眠り薬)で鎮静させ眠らせました。

眠らせなければまた暴力を振るい暴れるという事から、それからずっと眠らせたまま、食事も与えず(栄養剤の点滴のみ)。
当然癌は進行し、痩せ、尿からもストーマからも、血液しか出なくなりました。
医者も「これ以上の検査は不要」という判断で、検査もなく、ただひたすら眠らせました。
眠っている間は意識が朦朧とするようで、たまに短い会話はできました。

8月下旬
点滴の処置をする際に父が「痛がる顔」をするようで、医者から「モルヒネ」に切り替える説明がありました。モルヒネは呼吸が浅くなるという説明はなく、「大腸ガン末期と宣告されれば大概は8ヶ月から、もって1年半。お父さんは2年以上も生きて頑張ったのだから、もういいでしょう」という事でした。
栄養剤の点滴だけで3ヶ月、毎日ドルミカムを投与され、眠らされ、普通なら健康な人でも弱ります。まして末期癌を抱えた父は、あっという間に痩せこけ、娘の私でも分からない程に別人のようになりました。
更にこれからモルヒネを投与されれば、死ぬなと思いました。

私は上記の医者の判断にずっと反対でしたが、医者には「反論しないで欲しい、こちらの提案を飲んで欲しい」と言われ、父の面倒を診ている母と弟が「これでいい、これ以上波風立てるな」と言うので、それ以上は何も出来ませんでした。
私は妊娠中なので、父の側に居る事も出来ず、面倒を診る事も出来なかったので、発言権がなかったです。
予想通り、呼吸は浅くなり、医者からは「そろそろ覚悟しておいて下さい」との通達。
父が痛がる顔をするとフラッシュ。(一時的にモルヒネを大量投与する方法です)
合法的な殺人でした。
朦朧としている父に「どうにか元気になって元に戻れないか」と聞くと「そう簡単にはいかねぇ、なかなか難しいもんだ」と言っていました。


10月下旬
先週の事ですが、早朝に父の呼吸が停止し、亡くなりました。
享年66歳。2011年1月に末期癌と宣告されてから、2年10ヶ月の闘病で、私は父を救う事が出来ませんでした。
周囲は皆「キレイな顔で苦しまずに亡くなった」と納得しています。しかし私は今も尚、「大好きな家族に見守られる事もなく一人で死んでいった。合法的に殺されるのを阻止出来なかった」と悔やんでいます。
母や弟を攻めているわけではありません。

遺体は別人のように痩せているので、何度見ても父が死んだという実感がありませんでしたが、遺影の写真は私の知る優しく面白い父で、遺影を見る度に涙が溢れました。
遺体はドライアイスで冷やされていた事もあり、何度触ってもキンキンに冷たかったです。
火葬すると、頭蓋骨以外の全身の骨が茶色でした。抗癌剤や麻薬を投与された人は茶色になるんだそうです。大腸付近の骨は広い範囲で黒くなっていました。

父は死にたくないのに死にました。
末期癌で栄養剤のみの点滴でも、半年生きた父。普通の人でもあれほどの麻薬を半年も投与されれば、死ぬと思います。
末期癌である以上、いつかはお迎えが来たのでしょうが、あまりに悲しい最後でした。きちんとした医者にかかって治療さえしていれば、今頃はまだ笑っていられた筈だと思えてなりません。そして初孫を抱く事が出来た筈なのにと思えてなりません。

父は凄く頑張ったけど、医者の判断、麻薬を扱える医者の資格に反論・反抗する事は出来ませんでした。
私は来年1月に出産です。
父の生まれ変わりかもしれません。


癌を抱えて闘病されている方々にはもっともっと長生きして欲しい。
癌患者と支える家族が、一日でも長く笑えるように。
そして、この世に「癌治療薬」が出来て、癌が完治する事を、心から祈っています。


お父さん、今までありがとう。
私がそっちに逝くまで、ほんのちょっとのお別れ。再会した時には、また一杯やろうね。
いつも私の事を守ってくれて、いつも一番の味方でいてくれて、いつも励ましてくれて、いつも自分の事以上に私の事を考えてくれて、元気がないと笑わせてくれて、一緒に悲しんでくれて、一緒に笑ってくれて、娘を溺愛する親ばかな人だったよね。
私にとって最高の父です。
お父さんの子供に産まれて本当に良かったです。





拍手[368回]

コメント
2.申し訳ございません けいたんさん (2013/11/04 14:33)

先日投稿させていただいた後わんわんさんのお父様がお亡くなりになっていた事を知りこんな時期に自分の事を投稿してしまってた事が何て無神経だったかと。
どうぞお許し下さい。細かく読んでいれば気がついたのにと。本当に申し訳ありませんでした。
お父様のご冥福お祈り致します。
わんわん様も身重の御身体お大事になさって下さいませ。
ご無事に出産される事心よりお祈りしています。

3.ご冥福をお祈り申し上げます ゆかりさん (2013/11/26 07:58)

ご無沙汰しております。
私事にてバタバタしていた為、ブログを拝見するのが遅くなってしまいました。
お父様の事、心よりご冥福申し上げます。
悲しいお知らせは、同じく大腸癌末期の父を持つ私にとって、他人事ではありませんでした。まだ、病気発覚から1年もたっていない父ですが、、、わんわんさんと同じ経験を確実にすることを覚悟しております。
わんわんさんほどの方が心残りを感じていらっしゃるのであれば、私は父に対して出来ていないこと、してあげていないことだらけのような気がします。
わんわんさんは、お父様やご家族の励みであっただけでなく、私たちブログ読者にも多大なる勇気とパワーを与えてくださいました。心より感謝申し上げます。
お父様の血を受け継いだ元気な赤ちゃんが無事にお産まれになるようお祈り致します( ´ ▽ ` )ノ

4.ご冥福をお祈り申し上げます。 コケパパさん (2014/03/18 09:01)

お父様の事、心よりご冥福お祈り申し上げます。

同じガンと闘う患者の家族として、大変ショックを受けております。

併せて、この記事が上がってる事に気付かず、無礼千万で自分勝手なコメントを入れた事をお詫び致します。
お許しください。

こちらも一年が経過し、抗癌剤も2ndラインに入り、妻も頑張ってはおりますが、徐々に進行してる現状です。
相も変わらず、来たるべき日に一歩一歩歩みを進められながら、ビクビクしながら毎日を過ごしております。
本人も家族も、『後悔の無い、得のいく死』なんてあり得ないですが、なるべくそういう形に近づければと思っております。

今まで、同じ境遇なのに、愚痴や泣き言を聞いてくださったり、アドバイスをいただいたり、励ましていただいたり、大変感謝しております。
悩んでるのは一人じゃない事を知り、大変心強かったです。

お父様の生まれ変わりの赤ちゃん、子育てが大変な時期と思いますが、お身体に気をつけてお過ごし下さい。併せて、ご家族の皆様のご健康もお祈り申し上げます。

今まで本当にありがとうございました。

感謝


コケパパさん

お返事が遅くなりごめんなさい。
奥様がお元気とのこと、良かったです。
父の分まで奥様には長生きして頂きたいです。こちらこそ、コケパパさんと情報を共有できたり励まし合う事が出来て、感謝しております。ありがとうございました。

  • わんわん
  • 2014/04/01(Tue.)
5.心よりご冥福をお祈り申し上げます きずなさん (2014/03/19 01:06)

昨日、ブログを初めて拝見させて頂きました。目頭を熱くしながら最後まで読ませて頂きました。本当に残念でなりません。心よりご冥福をお祈り申し上げます。貴方様のご家族が天国で必ずや再会できる事を心より願っております。それでは失礼致します。

きずなさん

心温まるコメントを頂きありがとうございます。父が亡くなったのは本当に残念としか言いようがありませんが、私があの世に行くまでの、ほんのちょっとのお別れと思うようにしています。

  • わんわん
  • 2014/04/01(Tue.)
6.無題 ラーズさん (2014/05/28 21:48)

お父様のご冥福をお祈り致します。
「末期癌」と言えども 負けとりません!!のブログから飛んできました。初めまして。ラーズと申します。色々記事を読ませてもらいました。私もサプリのエビデンスはあると信じています。また訪問させてもらいます。

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30代の兼業主婦です。父を救いたい一心で癌について日々情報を集めています。誤字・脱字・文章の読み辛さ等はご勘弁下さい。何せ昔から国語が大嫌いなので(笑)

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